×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

上告趣意補充書(2)

平成3年(あ)第704号

           上告趣意書補充書(二)

                           被告人   折山敏夫

 右の者に対する有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件についての上告趣意の補充は左記の通りである。

    平成5年10月13日

                         主任弁護人   湯川二朗

最高裁判所第2小法廷 御中 
 

第一 佐藤殺害関係についての重大な事実誤認の補充(その二) 

 
 一、昭和55年8月13日に大宰府山中で発見された変死体と佐藤との同一性( その二 ) 

 1.弁護人は、上告趣意補充書(一)において、現在、証拠物として保管されている一審甲297号証(原審昭和63年押229号の20)と伊波医師提出したエックス写真とが異なっている可能性のあることを指摘した。

 そしてその第一の理由として、伊波医師の提出のエックス線写真は、フィルムの裏側に赤のマジックで「右」「左」と記入されたはずであるのに、現在の証拠物にはそれらの記載がなく、その代わりにフィルムの表側に黒のマジックインクで「L」「R」と記入されていることを述べたが、この点につき先ず補充する。 

 
 2.弁護人は、右の事実はフィルムのすり変わっている証拠であると考えるが、百歩譲って仮にこの両者のフィルムが同一のものであるとするならば、一旦フィルムの表側に「右」「左」と記入された後にこれが自然に消え、または証拠管理の何らかの理由により故意に抹消され、その後フィルムの表側に黒のマジックで「L」「R」と記入されたということでなければならない(しかし、そのように仮定したところで、本件エックス線フィルムは被害者の同一性を判定するための唯一の物証であり、その表裏が決定的に重要な意味を有するだけに、証拠物の管理としては極めて杜撰であると言わねばならない)。

 しかしながら、一旦フィルムの表側にマジックインクで「右」「左」と記入されたものが後に自然に消え、または故意に抹消することは不可能なのである。

 即ち、弁護人は、エックス線フィルムの表面に油性マジックインクと水性サインペンで文字を書き、これを2週間かけて十分に乾燥させた後に、リキッドペーパー薄め液、ラッカー薄め液、ベンジン及び燃料用アルコールのそれぞれで拭き取る実験を行ったところ、予想に反して水性サインペンで書いた文字はこれを拭き取ることができず、また油性マジックインクで書いた文字も拭き取ることはできたものの、フィルムを斜めにすかしてみてみると、文字の痕跡が残っていたのである(末尾資料1参照)。

 ところが、証拠物である本件エックス線フィルムには、これをいくら注意深く眺めたところで、「右」「左」と書いた痕跡は、全く残っていないのである。

 これは即ち本件エックス線フィルムには赤のマジックインクで「右」「左」と書かれたことは一度もないことを端的に示していると言わざるを得ない。 

 
 3.それにくわえて、本件エックス線フィルムに赤のマジックインクで「右」「左」と書かれたことが一度もないことは、鈴木鑑定(一審甲272)添付の佐藤名義のX線フィルムの焼付け写真(図9)にも「右」「左」と書かれた痕跡が全く窺えないことからも明らかである。

 仮にこのときフィルムの表面にマジックインクで「右」「左」と書かれていれば、当然印画紙の上にもそれが焼き付けられたはずである。

 これは、原審山本鑑定(原審職11)添付のパントモ写真(写真11)には克明に「L」「R」の文字が映し出されているところからも明らかである。 

 
 4.それでは、佐藤の歯牙を撮影した本物のエックス線フィルムはどれなのか、また誰が何時これらを変造し、すり替えたのか。

 弁護人としてはこれはわからないというほかはない。

 しかし、原判決は昭和60年7月20日に伊波医師が佐藤のエックス線フィルムの表側と裏側を間違って読み取ったということを前提としているが、これが経験則に照らして誤っていることだけは明らかである。

 プロである歯科医師が忙しさにまぎれてエックス線フィルムの表裏を取り間違えるということはありえるはずがない。

 伊波医師はカルテと対照しながら、判別しているのだから、エックス線フィルムの表裏を勘違いする余地はなかったといわざるを得ないし、捜査官としてもカルテの読み方・エックス線写真の読み方を研究した上で(捜査官は昭和60年1月にも伊波医師からエックス線フィルムの任意提出を受けており、当然そのときもその内容についての説明を受けているはずである。しかも、被害者佐藤の死後5年が経過し、死体の識別が難航していた本件にあっては法歯学鑑定が唯一の決め手になることは捜査経験則上明らかであった)伊波医師の供述を調書化・記録化しているはずであるから、捜査官の認識と伊波医師の認識が食い違っているはずがない。

 そのように考えてくると、昭和60年7月20日に伊波医師の作成したデンタルチャートが本物のエックス線フィルムの内容を表していると考えてよいのではなかろうか。

 いずれにしても、本件エックス線フィルムが変造され、すりかえられた疑いがあるとすれば、それは再審事由にも該当するものである。

 本件変死体と佐藤との同一性を本件エックス線フィルムに基づいて行うことは許されないというべきであり、他に本件変死体と佐藤との同一性を証明する決定的な証拠がない限り、本件変死体が佐藤であるという証明はなされていないと解するべきである。

 なお、被告人は、本件エックス線フィルムが捜査官によって偽造されたものであるとして、国家賠償請求事件を東京地方裁判所に提起している(末尾資料2参照)。

 

 
二、佐藤の死体遺棄場所は「秘密」の暴露かについての補充

―――被告人が描いた現場図面は佐藤の死体遺棄場所と同一か(その二) 

 
 1.弁護人は、上告趣意補充書(一)において、昭和54年5月当時の本件変死体遺棄現場の特徴は、

 ①道路をはさんだ空地と

 ②本件現場の二本の取付道路と

 ③小川の向こうに広がる採石場

であるのに対し、被告人が捜査段階で描いた現場図面(一審乙4041)の特徴は

 「林道と小川の間に広がる石ころ河原」

であって、この両者には共通点が全く見受けられず、秘密の暴露であると断定するに足りる前提を全く欠いていることを指摘した。

 ここでは被告人が捜査段階で丸印を付けた昭和60年8月24日付地図(一審乙42)と本件変死体遺棄現場との関係について補充して論ずる。 

 原判決は、右現場地図について次の通り判示する.

 「(昭和60年8月)24日、佐々木検事が被告人に太宰府の2万5千分の1地図を示して取り調べたところ、被告人は、三郡山の「航空監視レーダー局」の記載を指示し、『これじゃないか、これに上がる道の途中に現場がある。』と言い、右地図のコピーにボールペンでそれらしい場所三箇所に丸印を付け(た)」(原判決四一丁表) 

 
 2.まず第一に、原判決は、8月24日付現場地図の丸印について「三箇所(の丸印)」と判示し、丸印を一体のものとして捉えている。

 佐々木検事の一審証言によっても、被告人は地図の上に三箇所丸印を付け、「この三つのうちのどれかでしょう」と指示したというのである。

 しかしながら、三つの丸印はそれぞれ持つ意味を異にしている。即ち、本件変死体遺棄現場は一番上の丸印(①)の中に含まれており、他の二箇所の丸印には含まれていない

 そればかりか、一番下の丸印(◎)は、他の二つの丸印からは距離的にも離れているばかりか、佐々木検事が昭和60年8月24日に御笠駐在所員に架電した際に白骨死体が出たとされる場所であった。勿論、三郡山の航空監視レーダー局に通じる道でもない。 

 しかも、8月24日付現場地図(一審乙42)を子細に検討すると、3つの丸印のうち、真中の丸印(②)が最も濃く鮮明に描かれているのに、一番上の丸印(①)は薄くかすれており、その両丸印の交差する箇所では真中の丸印(②)のボールペンのインクが一番上の丸印(①)によってかすかに流れている状況が見て取れるのである。これは即ち、被告人が真中の丸印(②)を描いてから一番上の丸印(①)を描いたことを示している。

 3つの丸印を「この3つのうちのどれかでしょう」と等価的に描くのであれば、上から順に描いてゆくものであるのに、真中から描くというのは不自然ではあるまいか。

 それも「この3つのうちのどれかでしょう」と等価的に描くのであれば、3つの丸印が重ならないように描くのが通常である。丸印を重ねて描くくらいであれば、その両者を含む丸印を付けるのが自然である。

 しかも、真中の丸印(②)からわずかばかり離れた所に本件変死体遺棄現場があり、それを含むように一番上の丸印(①)が描かれているとなると、現場地図は検事による誘導があったことを示していると言わざるを得ない。 

 一審佐々木検事の証言によっても、

 「(一番上の)丸をつけるにあたって、この、できるだけ、まあ、幅広くやっておかないと、その、限定的に、また捜すと該当する地形がなかったとかということになると、また、やり直しになるからある程度、こう、幅広く丸つけてもらった方がいいという言い方をしました」(佐々木・一審証言第2回速記録28丁表)ということであり、検事による誘導の事実が窺われるところである。 

 
 3.第二に、原判決によれば、

 「被告人は三郡山の『航空監視レーダー局』の記載を指示し、『これじゃないか、これに上がる道の途中に現場がある。』と言い、右地図のコピーにボールペンでそれらしい場所三箇所に丸印を付け (中略)、佐々木検事の求めに応じて、佐藤を放置してきた場所について前日作成したよりも更に詳しい図面(弁護人註:一審乙41)を作成した」(原判決41丁表)

ということであるから、被告人は現場地図(一審乙42)を作成後、現場図面(一審乙41)を作成したということになる。 

 そうであれば、当然、現場図面には三郡山の航空監視レーダー局の記載がなされていて然るべきであるのに、同図面には「航空監視レーダー局」の記載はなく、その代わりに

 「NHKの中継施設か送電施設のような施設があった気がする」

との記載しかない。

 これは、被告人には三郡山の航空監視レーダー局の認識が全くなかったことを意味しているのであり、ひいては被告人が2万5千分の1地図上に丸印を付けた際に、

 「これじゃないか、これに上がる道の途中に現場がある。」

と言った事実がないことを示しているというべきであり、被告人が自発的に丸印を付けて特定したことがないことの証拠である。 

 
 4.第三に、昭和60年8月4日付現場図面(一審弁4)、8月23日付現場図面(一審乙40)及び8月24日付現場図面(一審乙41)の特徴は、いずれも小川の隣の河原と認識されていたものであるから、その場所を地図上に特定する際には当然、川の付近であって、かつ河原と目し得るような等高線の緩やかな場所を指示するはずであるにもかかわらず、現場地図(一審乙42)の丸印はいずれも川または谷地には付けられていない

 これも被告人の認識とは離れて、現場地図の特定がなされたことを指し示している。 

 
 5.以上述べてきたように、昭和60年8月24日付現場地図(一審乙42)は、被告人がその記憶に基づき、あらかじめ捜査官が知り得なかった事項を記入したものではなく、捜査官の誘導に従って被告人が記入したものにすぎないことは明らかであり、秘密の暴露には該当しない。

                                  以上

                 ホームページTOPへ戻る