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上告趣意書(本人)5

第五 犯行動機や犯行態様を明らかにしないままで重刑に処するのは「疑わしきは被告人の利益に」の法理に反する

 1.およそ犯罪に対する量刑を定めるに当たって、犯行の動機、態様を斟酌しなければならぬことについては論を待たない。どのような犯罪が、なぜ、どのような状況で行われたかが事件の本質であって、処罰の対象はこの本質であるべきだからだ。

 そこに死体が存在しているという外形的事実を見ただけでは、犯罪の本質を見定められないし、罪の重さを認定することは出来ない。

 殺人罪について言えば、執行猶予刑から死刑に至るまでの幅広い許容範囲をもつうちのどこに当てはめるかは、被害者の受傷の程度を見ただけでは決められない。

 わが国の刑事裁判の伝統では、量刑を定めるにあたっては、犯罪の結果という外形事実よりも、むしろ、犯罪に至る経緯、動機、犯行態様という当事者の心理的、あるいは内面的事情が重視されてきた。

 犯行動機や犯行態様こそが量刑判断の最も重要なポイントである。

 

 2.本事案は原判決が「佐藤殺害の犯行に至る動機、経緯は必ずしも明らかでない」と判示するとおり、いったいどのような犯行が、なぜ行われたのかが具体的に提示されていない。

 変死体が発見された状況から判断する限りは、本件犯罪をもっとも特徴付けているはずの

  全裸で遺棄されていること

  足首と両足の親指同士が緊縛されていること

  陰部全体が切除されていること   の事実にいたっては、裁判所はこれを無視して、ほとんど言及すらしていない。事件の本質は何も解明されなかった、といってよいのだ。

 

 3.ところで本事案が懲役20年という重刑を科する判決になったことを、どのように理解すべきなのか。裁判所は

「その背景をなすのは被告人と被害者との間で犯行前に生じた金銭的、感情的対立であり、被告人はこれを一挙に解決すべく一方的に敢行し、被害者の財産をほしいままにしたというものであって、単なる偶発的犯行とは言えず、その犯情はまことに悪質である」<第一審判決106丁>

と判示して事件の性格付けをしている。

 明言はしていないものの、殺人行為と財産処分の行為を、関連する一体の事件と捕らえて、全体をまとめて懲役20年という量刑判断をしたことは文意より明らかだ。いうなれば、強盗殺人罪に準ずる犯行だという捕らえ方である。

 ところが本件裁判においては、被告人と佐藤松雄との間に金銭的、感情的対立があったかどうかについては争点にもなっていなかったし、従って検察はこの件に関する立証を行っていない。

 原判決の述べる「両者の軋轢が原因で佐藤殺害にまで発展したもの<原判決72~73丁>」かどうかについての立証も無い。犯行が一方的に敢行されたかどうかの証拠も無いし、単なる偶発的犯行とは言えない、という証明もされていない。

 裁判所のこれらの判示は、このように考えれば納得しやすいという単なる憶測を述べているだけに過ぎない。殺人行為と財産処分行為を、一体、一連の事件だと考えるべき証拠は何も無いのである。

 「本件は、財産乗っ取りを目的とした計画的犯行とまでは断じ得ない」<一審判決105丁>という以上、この事案は殺害と財産処分とを独立した別個の事件として判断の対象とすべきである。

 そして、納得しやすいからといって情緒的、主観的な判断を避けて、客観的事実だけを基にして論理的に量刑を算定すべきである。

 

 4.量刑判断の参考になりそうな事例を最近の新聞報道の中から2例見つけたので、次にその概要を記す。

 (1)1998年5月12日、武蔵村山市のアパートで菊池和子(当時50)に覚せい剤を注射。その後、口論になったため部屋にあったガラス製灰皿で頭を3回殴ったところ死亡(ただし死因は乖離性大動脈瘤破裂と鑑定)。死体の処理に困り、翌13日未明にカーテンで死体を包んで車のトラックに入れ、長野県富士見町のキャンプ場山林まで運び、遺棄した。被告人長谷部勝男に対し、長野地裁諏訪支部は89年11月22日、懲役3年6月(求刑同4年)を言い渡した。

 (2)病気でノイローゼ気味の妻が日頃からつらくあたることに手を焼いていたところ、89年11月2日夜、仕事に行くことを邪魔したため、スパナで殴って殺害した。翌日未明、伊勢原市内の山林に遺体を埋めた。被告人久富演に対し横浜地検小田原支部は90年6月15日、懲役7年を求刑した。

 以上の2例の説明は簡単すぎて、これだけから量刑を論ずることは不適当であろう。しかしながら、本件の灰皿等の鈍器で数回殴って殺害し、遺体を山林に運んで捨てたという外形上はきわめて類似しているのである。

 それなのに片や3年6月の判決、あるいは求刑7年に対して、本事案の懲役20年は果たして妥当といえるのだろうか。あまりにも差がありすぎるではないか。

 

 5.刑事裁判においては、事実認定のすべての段階で「疑わしきは被告人の利益に」の法理が適用されねばならない。証拠によって客観的に証明されぬ限り、その事実は被告人にとってもっとも有利に解釈して認定すべきである。

 ところで本事案に関しては、犯行の動機も態様も、何一つ客観的証拠によって明らかにされていないことについては前述したとおりである。したがって、犯行動機、態様については右の法理によって論じなければならない。

 それにもかかわらず、原判決は、この事件を被告人にもっとも不利となる推論を積み重ねていって、強盗殺人に準ずる事件だと認定した。このことは「疑わしきは被告人の利益に」の法理に反するのである。

 

 

 

 

 
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