第三 重大な事実誤認――佐藤の財産処分関係
原判決は、一審判決第二ないし同第九のいわゆる財産犯関係事実につき被告人らの控訴を棄却したが、これは判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があって、これを破棄しなければ著しく正義に反するから、原判決は破棄されるべきである。
1.財産処分と佐藤殺害との関係
原判決は、
「原判決が、被告人の一連の財産処分行為等をもって、被告人が、佐藤を殺害したか、若しくは同人が死亡していることを知っていた一証左であるとしたのは相当であって、これに所論のいうような誤りはないというべきである。」
と述べて、財産犯の成立を佐藤殺害の情況証拠の一つとしながら、他方で、
「仮に、所論のいうように、被告人と佐藤との間に共同して事業を行うという契約があったとしても、それは、前記のような両者の関係から見て、佐藤は資金を提供する事実上のオーナーであり、被告人が佐藤のために会社の経営面を担当するという複合的な委任契約と解され、かかる契約は佐藤の死亡により法律上当然に終了するものであり、いわんや、被告人が佐藤を殺害したのであれば、その信頼関係破壊の程度は甚だしく、委任関係は勿論存続し得ないものといわざるをえないから、このような事情の下においては、被告人に佐藤の代理権限が存続するとか、推定的承諾があるなどという余地はなく、また、緊急避難として違法性が阻却されることもないというべきである。」(70丁裏)
と述べて、佐藤殺害を財産犯成立の証拠としているのであるから、論理のすり替えも甚だしく、重大な事実誤認である。特に、被告人及び弁護人は、太宰府山中で発見された変死体が佐藤であることを強く否認しているのであって、佐藤死亡の前提が崩れると財産犯も成立しなくなるのである。
また、原判決は財産犯が佐藤殺害の情況証拠の一つであると述べるに際して、次のように判示する。
「そこで、検討すると、原判決は、被告人が、株式会社佐藤企画が有限会社宗建に対し有していた貸付金債権1500万円の弁済として額面650万円の小切手2通の交付を受けてこれを領得したこと(原判示第二)、佐藤が所有する田園調布の邸宅に自己を権利者として所有権及び賃借権の仮登記をし、更にこれを他に売却処分したこと(原判示第三、第六、第七)、佐藤の定期預金を下ろし、又は差し押さえたりして費消したこと(原判示第四、第五)、佐藤が所有する宇田川町のビルを譲渡担保名下に被告人に所有権移転登記したこと(原判示第九)等の各事実を指摘し、これらの事実は、被告人が佐藤の財産を乗っ取りとも言うべき態様で処分したことを示し、被告人において、佐藤を殺害したか、その死亡しているのを知ってこれを隠蔽し、この機会を積極的に利用したことを意味するとして、佐藤殺害の情況証拠の一つに数えていることが明らかであるが、記録によれば、原判決の認定判示するとおりの被告人による佐藤の財産処分行為をすべて認めうるばかりではなく、その他にも、例えば、佐藤が代表取蹄役、同人の親戚、知人が役員をしていた有限会社キャピタル興業について、旧役員を全員辞任させ、被告人が代表取締役、被告人と深い関係にあった河西智恵子を取締役に就任させるなどの役員変更登記手続をし、佐藤が株式会社東京ビルから賃借し他に転貸していた東京ビル三階フロアーの転貸料や、佐藤が所有していた渋谷の宇田川町ビルの賃貸料を被告人が収受し、東京ビルの家主と交渉し同ビル三階フロアーの賃借名義人を佐藤から被告人に変更し、田園調布の佐藤の邸宅を売却処分するまでの間そこに前記河西を住み込ませたりするなどの行為をしていたことが認められる。
このように被告人が佐藤の財産の処分行為なしい収益行為を日常的にしていたことに加えて、必要に応じ佐藤の委任状その他の書類を偽造し、佐藤の印鑑証明書を不正取得し、また、収受した金員等は恰も自己のものであるかのようにして費消していたことが認められるのであって、これら一連の行為態様をみても大胆、公然というほかなく、このように他人の財産の使用、収益、処分をする以上、後日佐藤が現れた場合に備え計算関係を明確にしておくなどの何らかの措置を講じておくのが当然なのにそれをしてないところからして、佐藤が将来出現することなど全く念頭にない行為であり、同人が死亡していることを当然の前提とした行動としか思われないことからすれば、原判決が、被告人の一連の財産処分行為等をもって、被告人が、佐藤を殺害したか、若しくは同人が死亡していることを知っていた一証左であるとしたのは相当であって、これに所論のいうような誤りはないというべきである。」(59丁裏~61丁裏)
しかしながら、これらはいずれも財産処分行為に着手する時期や使途、被告人の認識等に照らして被告人が領得費消したものではないばかりか、仮にこれらの事実のすべてが認められても、必ずしも原判決のいうように、被告人が、佐藤を殺害したか、若しくは同人が死亡していることを知っていた一証左である」とばかりは言えない。
判決のように考えれば、被告人の財産処分行為が説明し易いというだけの話であって、必ずしも 「被告人が、佐藤を殺害したか、若しくは同人が死亡していることを知って」いなくても、佐藤の財産を管理処分し得る立場にある者であれば、同人からの連絡もなくなり、もしかして帰ってこないのではないかと思い初めれば(実際、多くの人が佐藤はもう死亡しているのではないかと思っていた)財産処分行為に着手する(いわゆる横領)ことも十分にあり得るのである。
いずれにしても、財産処分行為が被告人による佐藤殺害の決定的証拠でないことは明らかである。
2.佐藤と被告人との共同事業の成立
また、一審判決は、佐藤と被告人との関係につき、「(被告人は)ほとんど無報酬で、同人を車で送り迎えし、あるいはその自宅の芝生の手入れをするなど、いわば、同人の秘書ないしは使い走り的な働きすらするようになり、同年5月ころからは、前記東京ビル3階の一区画で佐藤が開店したスナック「メイ」の経営を同人から任されるに至(った)」(2丁裏)、「事業上の対等な協力者といった関係ではおよそなかった」(55丁裏)、「単なる秘書的存在に過ぎなかった」(57丁表)としか認定・判示していなかったところ、原判決は、
「記録によれば、佐藤が周囲の者に被告人を「うちの従業員だから頼むよ」と紹介したり、「これから一緒に事業をやっていく人」として紹介した事実が認められ、また、佐藤の税務申告手続を扱っていた依田に対し、「今後キャピタル興業の経理のことは被告人に任せるから聞いてくれ」といった事実も認められ、更に、昭和55年8月5日付けのキャピタル興業役員変更登記申請書には佐藤以下旧役員全員の辞任届が添付され、被告人や被告人と親しい女性が新役員に選任されるようになっていることも認められ(中略)被告人がキャピタル興業の経営を佐藤から委任された程度のことはあった」(68丁裏~69丁裏)
旨判示して(もっとも、そのすぐ後に続けて「経営権ごと会社を譲り受けたという被告人の供述の信用性は極めて疑わしい。」と判示している)、一審判決の認定を修正した。
ところで、佐藤の経営していた法人としては、キャピタル興業、佐藤企画、第二企業の三つがあったが、それぞれの会社ごとに従業員がいたわけでもなく、実体もなかったのであって、これらは専ら税金対策のために、キャピタル興業は銀座のモンブランを、第二企業は東京ビルの立花・チェリー・メイ・北上を、佐藤企画は渋谷の喫茶モンブランを経営するという具合に店を割り振っていただけであった。
したがって、原判決のようにキャピタル興業の経営委任を認めることは、他の佐藤企画・第二企業の経営委任も同様に認められるに等しいと言わねばならない。そして、被告人のいう共同事業とは、佐藤がオーナーとして君臨し、実務面は被告人が取り仕切るということであって、被告人が経営を譲り受けることまではなくても、経営委任を受けることで十分である。
そうすると、原判決は、被告人のいう共同事業の成立を認めたに等しいのである。
共同事業の成立は、被告人による佐藤の財産の処分の代理権限・処分権限または佐藤の推定的承諾を基礎づけるものである。したがって、原判決は重大な事実誤認をしたものであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。
以上