上申書・7 独房入り

2. 拘禁(717日)

   独房入り

 逮捕2日目の朝である。

 私は肩凝りと腰の炎症の痛みを抱え、興奮した神経を静めきれないまま、ほとんど眠ることもできず、重い頭で起きたが、留置場の団体生活は、こんな私の個人的な事情を許してくれる場所ではない。

 先住の2人の同房者に指示されて掃除をすることになったが、新入りの私が最初に担当したのは房内のトイレである。

 水洗の水を流した後に便器にたまった水で雑巾を濡らし、便器の中を丁寧に拭いてゆきながら、改めて監獄の囚人になったんだなという悲しい思いをじっくりと噛みしめていた。

 看守から、洗面道具や衣類の差し入れがあったと言われて受け取り、急いで下着からシャツ、ズボンまでそっくり着替えをする。

 昨日のわずか1日の取り調べで、私のズボンにまで冷や汗とあぶら汗がしみていたので、この差し入れは有り難かった。

 警察に対しては毅然とした態度をとおそうと決心している私なのに、初めから洗面具まで看守に借りたのでは情けない。

 私は、妻が持参してくれたタオルで首筋を拭いて、やっと頭の重さを振り払うことができた。

 刑事は私に何の連絡もしてくれなかったけれど、昨日のうちに妻がこの警視庁まで私の身の回りの物を差し入れに来てくれたらしい。

 朝からマスコミが押しかけて騒いだり、家宅捜索があったりで大変な一日だったことだろうに、そんな中でもわざわざここまで来てくれたのかと思うと胸にジーンときた。

 それにしても弁護士の選任や今後の家族の生活の相談も沢山あるのだから、ここまで妻が来ているなら私に会わせてくれてもよさそうなものなのに、と私は警察のやり方を恨めしく思う。

 そのうちに昨日と同じように安田・加藤の両刑事が私を迎えにやってくる。

 2日目の取り調べも昨日と同じことだ。

 私がいくら記憶どおりの真実を話しても、私を真犯人と決めつけている刑事は聞こうともしないのだから不毛の対話にしかならない。

 私はこの日も、さんざんに感情をかき乱されて疲れ果てた。

 取り調べが終了したのは、朝留置場を出てから15時間後の深夜12時直前だった(注3)。

 私は電動扉を入る時に、カウンターの上の壁時計を見て時刻を確認した。

 下に掛かっている出房者の番号札は、私の分が1枚残っていただけだった。

 第四留置場は、昨夜と同じように薄暗い中に六つの檻だけが室内灯で明るく浮かび上がって見えた。

 私は看守に指示されて、この夜は第6室に入れられた。出入口にいちばん近い檻だが、誰も同房者がいない。

 今朝寝具を収容する棚に持っていったはずの寝具が部屋の真ん中に放り込んであった。

 私は、独房に入れられたのだ。

 毛布と布団を敷いて横になったものの、腰の炎症による痛みは昨夜よりもずっと酷くなっている。

 腰を曲げて縮んでいてさえ鈍痛が続く。

 もう2日半もの間ほとんど眠っていないのだから、無理をしてでも眠らなければ明日の刑事との闘いに負けてしまうとあせるほど眠れない。

 午前2時の看守交代時刻が過ぎる頃には、眠れないことの苦しみと疲れ切った神経とが混じって、狂ってしまいそうな気持ちだった。

 それでも、取り調べで高ぶっていた緊張も少しずつ静まっていったようで、いつの間にか身体の痛みも忘れ、眠りに陥ちこんでいく。

 

 

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