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上申書・10 罵倒制圧

   取調技術②罵倒制圧

 警視庁が長年にわたって培ってきた取調技術のうちの基本は、言葉による暴力で被疑者の心をズタズタに刻んで感情的な混乱に陥れることである。

 現在では、肉体的な拷問は原則として許されていないし、このやり方をすると身体に痕跡が残って外部に知られる危険も高くなるので、そんな下手な拷問はあまり行われない。

 その代わり、精神的ないたぶりのテクニックが開発されているのだ。

 逮捕初日の私は、まず3人の刑事から徹底的に罵倒し尽くされるという洗礼を受けることになった。

 私の身柄拘禁の目的は、たてまえはどうであれ、佐藤の殺害犯行を私に自白させることだったから、私がその容疑事実を否認したとたんに、3人の罵声が始まり、灰皿や机を叩く音、椅子や壁を蹴りつける音が狭い部屋に充満して、彼らのすさまじい威嚇によって私はすっかりど胆を抜かれてしまった。

 「ウジ虫野郎」

 「人殺し野郎」

 「盗っ人野郎」

という激しい言葉が絶えず刑事の口をついて出るとともに、私は頭をこずかれた。

 「助平男」

 「嘘つき野郎」

 「大詐欺師」

 刑事たちの怒鳴る悪口雑言は、これまで私が面と向かって言われたことのない汚い言葉ばかりである。

 私には、こんな悪罵を投げつけられるだけでも衝撃だったが、私の耳の間近で何十回となく繰り返されるうちに、私はすっかり萎縮してしまった。

 あまりの大声で、鼓膜が破れるのではないかと心配するほどに痛い。

 しかし私が顔をしかめたり、そむけたりすれば、すぐに髪をつかんで引き戻され、今度はわざと耳に口を当てて怒鳴りつけられる。

 折り畳み椅子に座り続けた腰の痛みに耐えられずに身体を動かしたりすれば、

 「姿勢を正せ」

と言われ、顔を伏せたり目をつむったりして、少しでも反抗の態度をとれば、すぐに

 「正面を向いて眼を合わせろ」

と大声で言われた。

 刑事たちの狙いは、私のプライドや自信をはぎ取って精神的に落ち込ませ、救いようのない惨めな気持ちにさせることにあるのだから、彼らの罵倒する言葉は論理的でもなければ首尾一貫もしていない。

 手当たり次第に思いつくままに、私をおとしめる言葉を集めては、前後の脈絡も関係もなく、ただ大声で怒鳴るのだ。

 ところが私のそれまでの社会生活においては、このような一方的に怒鳴られるだけという対話の経験は一度もなかったので、こんな時だというのに、私は相手の言葉を真剣に受けとめて理解しようと努力してしまう。

 雑音として聞き流すことができない。

 このために、こんな罵倒が2時間も続くと私はすっかり消耗してしまって、もう勘弁してくれ、助けてくれと叫びだす始末だった。

 他人から指図を受けることに耐えられずに、独立して自由に生きてきた私にとっては、取調官の罵倒はまさしく拷問以外のなにものでもなかった。

 刑事たちのあまりに酷い悪口に耐えかねて抗議でもしようものなら、今度は私の髪をつかんで額を机に打ちつけて、

 「なまいきだ」

といきまく。

 私の前の机を押して、私を机と壁の間に挟んだまま力いっぱい押しつける。

 3人の刑事は互いに交代で取調室の外に出ては休憩し、再び体調を整えて登場しては罵倒を続けた。

 それは私が気力も尽きて、思考が働かなくなるまで何時間も繰り返された。

 2回目の別件逮捕がなされた以後、刑事は1人増員されて計4人になったから、彼らの休憩のローテーションは余裕ができたが、その分だけ私に対する取り調べは厳しくなったということになる。

 検事の取り調べでは、さすがに刑事たちのような罵倒や大声はなく、私の身体に手を触れることもなかった。

 直接的に苦痛を与えるのではなく、その代わりにやり方が陰湿になる。

 例えば、それまで丸めて机を叩いていたノートを突然放り投げて、

 「あれを拾ってこい」

と命令したり、私の態度が気に入らないと、起立させて

 「そのままにしていろ」

と命じたりするので、私は相当の長時間検事と睨み合っていることもあった。

 検事は自らの絶対的な優位性を私に思い知らす必要があったのだろう。

 権力を誇示することによって間接的に私を制圧して、惨めな立場をはっきりと認識させようという狙いだった。

 取調官らのこのような理屈抜きの罵倒制圧的なやり方は、逮捕当初だけのことではなく、私から思うような供述が得られなくなると、その都度繰り返される。

 私は原則的には事件全体を否認していたから、刑事たちの気が狂ったかのような怒鳴り声は、結局私が殺人罪で起訴されるまでの90日間、毎日のように部屋の中にあふれていたことになる。

 このような激しい取り調べの様子が、いつの間にか留置場の収容者に知れるところとなり、看守たちにも伝わって、私は多くの人から励ましの声をかけられた。

 65号調室は、便所の正面通路の突き当たりに位置していたので、取り調べ中の他の被疑者が便所に行くたびに私の取調室から洩れてくる怒声が聞こえてしまうのだ。

 「折さん、昨日も厳しい調べやってたね。あんなすごい調べが毎晩深夜まで続いてんのかい? よくがんばってるなって皆で噂してるんだ」

 逮捕後何日で私が“オチる”かを皆で賭けていたともいう。

 留置人たちは、わが身につまされて、いかに私の取り調べがきついものであるかをよく知っていたのである。

 しばらくして私の取調室は、ずっと奥まったところにある75号室に変更になった。

 ここは行き止まりになっていたから、通路を通る者は限られていて、怒声の聞こえる範囲がぐっと狭まる。

 しかも刑事たちは評判を気にしたのか、夕方までは大声を出すのを抑えがちになった。

 他の被疑者たちがその日の取り調べを終えて留置場に戻った頃を見計らって、それから罵倒制圧型の自白強制方法に切り換える。

 真犯人でもない者が犯行の自白などするはずがない、いくら取り調べが厳しかろうが黙秘すればいいではないか、とよく言うが、これは警察の取り調べの実態を知らぬ者の空論だ。

 逮捕されることを予期していて、取調官に抵抗する方法の訓練を受けた者ならいざしらず、黙秘権のなんたるかも知らず、突然の留置生活に動揺している無実の者に架空の犯罪事実を供述させることなど、取り調べのプロにとってはたやすいことだ。

 心の底まで荒々しく引っかき回され、緊張と感情の混乱で疲れ切った私は、取り調べが始まってから10数時間後の深夜ともなると、もはや取調官と対峙する気力など失っていた。

 「早く楽になれ、喋りさえすればすぐに楽になれるぞ」

という言葉に眩惑され、今のこの苦しみが終わるのであれば、あとはどうなってもいい、どうとでも勝手にしてくれと叫んでしまう。私は取調官の言うがままを認める“でくの坊”にすぎない。

 

  

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