上申書・11 服従させる

   取調技術③服従させる

 刑事から尋ねられた問いに対して、返事をしなかったり、反応しなかったりして反抗の態度を示したりすると、彼らはいきなり立ち上がって徹底的に痛めつけることを始めた。

 自分たちに逆らうととんでもない酷い目に合うのだということを私に思い知らそうとするのだ。

 「なんだその目つきは、なんだその口のきき方は、お前は誰に調べられているのか判っているのか。捜査四課の取り調べというのがどういうのか教えてやろうじゃないか」

と言うや否や、私の髪をつかんで後ろの壁やら前の机に打ちつけ、

 「この野郎、謝れ、主任さんに悪かったと言って謝れ」

と、私が声を出して詫びるまで小突き回した。またある時には、

 「なまいきにタバコなんぞ吸いやがって、根性の悪い奴には勝手なまねはさせない。吸いたけりゃ少しは喋れ」

と言うや、私の吸いかけのタバコを取り上げて灰皿とともに部屋の隅に片づけてしまう。

 また、私は朝、留置場を出てから深夜までの間に二度ほど便所に連れていって貰っていたが、それですら、

 「このウジ虫野郎め、都合が悪くなるとすぐ小便が出たくなるんだから。おい、誰かこのウジ虫連れてってやれや」

といやみを言われ、こんな時には、10メーターほどの距離にある便所へ行くのでさえ、しっかりと手錠をはめ直され腰縄を引き立てられて行くことになるのだ。

 ずっと後のことになるが、何度目かの別件逮捕による勾留尋問のために、私が単独で裁判所に護送される途中のことだった。

 乗用車を運転していた溝部という刑事が、赤信号で停車中の車内で突然後部座席に身を乗り出して、私の胸ぐらをつかんで殴りかかってきた。

 「この野郎、テメエのような悪党が黙秘だなんて、しゃれたまねしやがって、テメエのために多くの人間が迷惑こうむっているんだ。テメエもまともな人間なら、やりました、すみませんでしたと言って頭を下げろ」

 体勢が悪くて力が入らなかったし、私の両側の刑事がすぐに制してくれたので大事にはならなかったが、手錠腰縄で防ぎようのない私にとって恐怖だった。

 溝部刑事とは一度も口をきいたこともない状態だったのに、このような暴力を振るわれたのは、私にとってはまったく理不尽なものだった。

 私は、逮捕された初日の取り調べで、ほとんど刑事たちに屈服させられていたから、彼らが描いている犯行のシナリオについては、おおむね認めさせられていったが、肝心の佐藤の死体を埋めた場所については、彼ら自身が描けないことだから、答えることができない。

 刑事たちにどう脅かされても、知らないとしか言いようがないので、取り調べが核心に入ればどうしても私と刑事は対立することが多くなる。

 罵倒制圧型の取り調べの後は、私の喋り方が気に入らぬ、声が小さい、座り方がだらしない、眼をそらすななどという、理屈ではなくて単なる言いがかりにすぎないことでの、いやがらせが始まった。

 私の言葉尻をとらえて難癖をつけるのも取調技術なのだろうが、これがたび重なるうちに、彼らはだんだんと本気になって私を脅かし始める。

 刑事と被疑者という立場も忘れてしまって、興奮して私に言いがかりをつけてくる彼らの様子は、まさにヤクザそのものである。

 捜査四課で長年暴力団を相手にしてきたベテラン刑事らしく、恫喝するにも凄味がある。

 狭い密室の中で身体を接し、顔も触れんばかりにとり囲まれてすごまれると、言葉では形容できない恐怖心にとらわれる。

 特にこれが理屈に合わない理不尽な言いがかりだけに、対処する方法などなく、もはや理屈抜きで屈服するしかなくなってしまうのだ(注4)。

 

 

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