上申書・15 田園調布で喧嘩した

     田園調布で喧嘩した

 「不渡りが出そうだ、倒産しそうだという時の経営者は、それこそ半狂乱になって金策に走り回る。こんな時に殺人などの大事件が起こる場面を俺たちはいままで何度もみてきている。

 お前のようにわざと自分の小切手を不渡りにして計画的に倒産させるなんて、そんな馬鹿な話は聞いたことがない。その不自然さは作り話だってことをよく表している」

こう言って刑事は私の弁解をはねつけた。

 しかし私が何と言われてもこの話を撤回しないので、次には刑事は、ある程度私の供述をとり入れながら、とにかく7月2324日頃に殺人事件があったことを認めさせようと、説得方法を変えた。

 「かりに不渡りの原因が佐藤の約束不履行によるものだったとしたら、それこそ佐藤をぶっ殺してしまいたいとなるじゃないか。佐藤が謝ったから、ハイその場で仲直りしました、なんてことになるはずがない。とにかく、佐藤の約束違反に怒って喧嘩になった、という点だけでも認めろ」

 私が頑強に殺害を否認しているので、刑事は、抵抗を減らしてとりあえず喧嘩をしたことまでだけでも、認めさせようとするのだ。

 佐藤の責任を追及する目的で田園調布に押しかけたんだとすれば、単なる話し合いで終わるはずがない、という理づめの追及が延々と続くうちに、私は、刑事が納得するような話にしなければ、私の弁解全体が否定されてしまうと思うようになった。

 当時の私は、金策につまってなどいなかったという真実を判って貰うためには、刑事の理屈をある程度認めるしかなかった。

 「約束不履行で不渡り事故になったことの責任をとってもらうつもりで、佐藤の自宅へお前は血相を変えてとんでいった。そうだな。

 ニコニコ笑ってみやげ持参で行くわけないだろ、バカヤロ。こんな時には頭に血がのぼって必死の形相になってるもんだ。

 それから激しい口調で佐藤を非難したんで、ヤツの方から殴りかかってきたのか?

 佐藤って男は口より先に手が出るっていう凶暴なヤツだぞ。周りがみんな知っている。その気違い男が黙ってお前の非難を聞いているわけがないじゃないか。ヤツの方から先に手を出した、そうだな?

 それでお前は自分の身を守るために仕方なく応戦して殴り合いになったんだ。23日の晩には、お前は佐藤と喧嘩したんだよ、いいな」

 私が何も語らなくても刑事は、勝手に筋書きを作り上げてしまって、あとはこの話を私に認めさせればいいのだ。

 この夜は佐藤と強い調子で談判したという事実があるために刑事の力づくの誘導にかかると、この談判は喧嘩ではなかったと否定しきれない。

 責任を追及したという事実が、激しく口論したと歪められ、次には掴み合いになったと発展し、最後には殴り合いの大喧嘩になったことを認めさせるまでは、ほんのわずかの時間しかかからない。

 大喧嘩になったことを私が認めるまで、刑事たちの罵倒は果てしなく続くし、彼らは当時の私が金に困っていなかったという私の弁解を認めようとはしないのだ。

 激しく責められて疲れ果てた私は、当時の自分の記憶に基づく事実を語るために、刑事の作り話を認めるという矛盾を犯してしまったことになる。

 

 

     次のページへ進む   上申書の目次へ戻る   ホームページのTOPへ戻る