上申書・16 取調技術④挑発する

     取調技術④挑発する

 刑事たちのあまりに一方的な決めつけに反発して、私が沈黙し始めると、彼らはどうしてもものを言わざるをえないように仕向けて私を挑発する。

 怒らせてみたり、悲しませたり、侮辱したりして、私の感情を揺さぶり極限状態に追い込んで、われを忘れた私が思わず口を開いてしまうまで、これを続けるのだ。

 私が取り調べに応じて口を開いてさえいれば、その言葉尻をとらえて揚げ足を取ったり、矛盾点を追及したりできるが、私が黙ってしまったのでは打つ手がなくなる。

 刑事訴訟法によって取調官は、被疑者に黙秘権を告知することを義務づけられているはずなのに、実際の取り調べにおいては、この法律と逆のことが行われている。

 私が黙秘すると、これを破るために取調官は全力をつくす。

 「お前が無実だと言うのなら、とことん弁明すればいいじゃないか。自分に不利だから黙秘する。黙っているってことは、お前が真犯人だという証拠なんだ。本当に無実の者なら、こっちが黙れと言うまで声の続くかぎり弁解を続けるものだ」

 「家族をいちばん大事にしていましたなんてヌケヌケと言いやがって、この野郎、お前の女房はなあ、こっちが優しく声を掛けて、お前に会わせてやろうと言ったら、お前には二度と会いたくないと言って断ってきたよ。この事件のせいでうまく別れられるって喜んでいる。浮気者のお前なんぞ女房にまで見捨てられたんだ」

 「河西(注・銀座のスナックのママ)は、お前のことはただの金づるだとしか思っていなかったと、ここの調べで喋っている。金のために身体を張っていたことも見抜けずにのぼせやがって。今頃はもう次の金づるを探してたらし込んでるだろうよ」

 「お前は昔から根っからの詐欺師だったというのが同級生たちの一致した評価だった。この事件もお前ならやりかねないというのが多数意見だ。お前のことをほめる友達がまったくいないんだから、お前もたいした男だよ」

 「お前が何と言おうと、無実を信じてる者など一人もいないじゃないか。母親だって、世間に顔向けができないと言って泣いているし、弁護士だって本当のところはお前の言うことなど信じていないことはよく判る。家族だってお前を怪しいと思ってたそうだし、愛人にいたっては、はっきりと疑惑をもってたと言っている。これだけ信用されてない男も珍しいよ」

 このように取調官が次々と述べる侮辱的な言葉は、これまで面と向かって他人から非難された経験がほとんどない私には衝撃が大きい。

 しかも、言葉の内容は、私がこれまでの自分の生き方の中で大切にこだわってきたことを、全面的に否定するような思いがけぬことばかりである。

 何事においても自分の利益を勘定に入れる前に先ず他人への思いやりを優先して生きてきたつもりだったのが、刑事に言わせると他人からの評価はまさに正反対で、私は金のためなら殺人もやりかねない男だとみられているらしい。

 「独りよがりの間抜けな男だよ」

とあざ笑う刑事に対して、黙って耐えていることは苦しかった。

 刑事たちの私を挑発する言葉の大部分は、聞くに耐えぬ悪口雑言に類するもので、私の人格を否定するもの、家族や肉親を辱めるもの、知人・友人の人間性を非難するもの、私の日常生活や仕事にケチをつけるものなど、手当たり次第だった。

 黙って聞いていられなくなった私が、思わず知らず興奮して抗議を始めるまで、彼らのいたぶり挑発はいつまでも続く。

 136日間の警視庁生活を通じて、取調官から

「言いたくないことは言わなくてよい」

などという黙秘権の告知をされたことなど一度としてないどころか、彼らは口を閉ざした私に罵声を浴びせかけて、反論せざるを得ないようにいじめ抜いた。

 

 

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