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上申書・17 理詰め説得

     取調技術⑤理詰め説得

 もっとも、私が取り調べに臨む基本的態度は、黙秘したりするよりできるだけ自分の主張をよく話し、一刻も早く真相を解明して貰うために、私の知っている情報はすべて提供したいというものだった。

 最初の逮捕から数日を経過して、取調室の中で対面している時間が長くなるとともに、刑事たちはこんな私の考えをやっと掌握したようで、徐々にそれに適応する取調法を増やしていった。

 理由のない一方的な罵倒や威嚇、侮辱などの強圧的なやり方は、取調官が消耗する割りには私の口を開かせる効果は少ない。

 かえって反発心が増して私の心を一層固く閉じさせてしまう。

 こう考えた取調官は、今度は理詰めの説得法に切り換えてきた。

 人間同士はとことん話せば理解し合えるものだと、日頃から私自身が考えていたこともあって、論理的な話し合いなら望むところだったから、取調官がきちんと話を聞いてくれる態度を示すかぎり、私の方も積極的に対話に応じていった。

 しかし、こんな私の姿勢がそのまま取調官の術中に陥ってゆくことになる。理詰めの追及という自白強要テクニックの一つにすぎなかったのだ。

 一つの些細な事柄について、場面を変え、あるいは日を変えて何回か繰り返して質問する。

 それは特定の時刻であったり、具体的な金額であったりしたが、このような細部を問われても、私にとって5年前の出来事を正確に思い出すことなど不可能だった。

 しかし、

 「記憶していない」「忘れてしまった」

と私が言えば、

 「それは作り話をしているからだ」

と切り返され、この部分については当局のシナリオを押しつけられてしまうから、私は推定を交えたり辻褄合わせをしたりして、とにかく具体的な数字を特定して答えざるを得ない。

 この数字が前回の説明と少しでも違っていようものなら、取調官はまるで鬼の首でも取ったように喜んで、私を嘘つきだと決めつけた。

 また、白石警部補は絶えず私に議論を吹きかけてくる。

 こういう事実があった以上、こうだったはずではないか、と論理的にねじ伏せようとした。

 白石に言わせれば、私が佐藤に対してへりくだった態度をとっていたのは、礼儀正しかったことではなくて、邪悪な下心を抱いて隙を狙っていたことを証明しているのであり、佐藤のような気違い男に対して誠意をもって対応する人間の存在することなどあり得ないのだ。

 したがって、佐藤と親しく交流していた5年前の私の行動は、すべて佐藤殺しのための計画的な伏線だったと言う。

 5年前のおぼろげな記憶を断片的に綴って弁解するしかない私には、このような理詰めの議論に対して反論するには情報データが不足している。

 もともと明確でなかった記憶などは、こうだったはずだと何度も繰り返して説得されているうちに、いつのまにか実際にもそのとおりであったかのように記憶が混乱してしまうのだ。

 取り調べ中にメモを作って自分の記憶を整理することも許されないし、古い記憶を喚起するための資料もなにも手元にないままで順序立てて正確に説明するようにと求められる。

 しかも取調官は、自らの描く想定シナリオに合致する部分のデータだけを断片的に私に示し、それに反するデータのあることは隠しておく。

 このように理詰めの尋問がくる日もくる日も何時間も続くのだから、もはや精神改造である。

 はじめのうちこそ自分の記憶の方が正しいと言い張っている私も、しだいにその主張に自信を失ってきてしまった。

 私の思考の中の話までもが、いつのまにか取調官の描くシナリオに沿った別個の話と混線して、どこまでが真実か判然としなくなる。

 特に刑事たちとの付き合いが長くなって、互いに双方の気持ちが判り合えたような雰囲気ができてからは、彼らの供述誘導やら理詰めの議論も、単なる取り調べテクニックだというのではなくて、心底から私のことを心配して助言してくれているのだという錯覚に陥ってしまった。

 こんな心理状態になると、これ以降の私の供述は、刑事たちの助言を大幅にとり入れて真実と想像が入り交じった取調官との合作シナリオになっていく。

 佐藤が行方不明になった時期は、1980年の7月下旬である、と思い込まされてしまったり、私が佐藤の実印や印鑑カードをずっと所持していたかの如く思い込まされたり、本当に私が佐藤の財産を奪おうとしていたんだと自分で信じ込んだりした。

 私は、佐藤を殺害したという決定的な重要部分を除くと、佐藤と私との交流情況やら、財産処分の方法など多くの供述の中で、当局のシナリオを大幅にとり入れた虚実混合の辻褄合わせのストーリーを認めさせられてしまったのだ。

 

 

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