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上申書・20 妻や友人を逮捕する

    妻や友人を逮捕する

 取調官は、藤本・矢ケ崎の2人以外にも、河西、上島、窪田の3人については、すでに逮捕状請求の準備は終わっているから、私の供述しだいではすぐに実行するという。

 続いて磯村や小倉についても情況しだいで逮捕も考えていると言った。

 いずれも私と親しく交流している友人たちであり、金銭的な貸借を含めてお互いに助け合う仲間である。

 特に刑事たちが切り札のようにして私を脅かす材料にしていたのは、国家資格を持って仕事をしている友人に対する圧力行使を示唆することだった。

 たとえば小倉医師についていえば、田園調布の家を売却する際の事務的な保証人になって貰っただけであって、捜査当局は彼が私と共謀していたとか佐藤と私との間柄を詳しく知っていたとかの事実がないことを十分に判っていながら、取調官は、彼に対しても強制捜査に入るつもりだと言う。 

 「俺たちには、怪しい奴だと思っただけで逮捕できる特権がある。警察に捕まって新聞に出たりすれば、あとで無実だと判ったところで社会的には破滅だよな。

 小倉先生にはお前のような悪党と友人だったのが不運だったとあきらめて貰うしかないね。警察が動けば医者の資格も取り消しだ」

 もう一人、私を脅す材料にしたのは、高校時代からの友人の西山司法書士だった。

 佐藤名義の不動産を処分するに当たって、私は彼にいくつかの登記を依頼したのだが、彼は私が用意した書類に従って事務的に処理しただけである。

 ところが刑事は、私の相談相手となって公正証書原本不実記載の犯罪に手を貸したに違いないと決めつけて、私を脅す。

 「お前の共犯者として逮捕されれば、西山の司法書士資格も剥奪される。お前はそれに対してどんな責任がとれるんだ」

 「西山をはじめお前の友達は、誰でも警察が来たと聞いただけで震え上がっている。何とかしてお前とは関わりにならないように戦々恐々だ。

 おかげでこっちが尋ねることの何倍も余分なことを喋ってくれるので、お前の悪業の数々が集まること」

 取調官が友人の逮捕をほのめかしながら、これを私に対する圧力に使っていることは明らかだった。

 犯罪の確証もないのに強制捜査に入るなんて、いくらなんでも酷すぎる、止めてくれ。

 私は抗議したり懇願したりもしたが、取調官はニヤニヤと笑うばかりだった。

 私の友人たちを佐藤殺しに関する容疑者だなどと本気で考えているわけではない。

 だから、私の供述しだいで逮捕するという意味は、私の供述で犯罪容疑が固まればという意味で

はなく、私がいつまでも否認を続けて取調官の言うことを聞かないというなら、見せしめのために私の友人を逮捕するぞということである。

 このように理不尽な取り調べが、今もって警察で行われているとは思いもよらなかったが、すでに事件には無関係のH氏や矢ケ崎氏が逮捕されているという現実を見せつけられている私にとって、この脅しは実によく効いた。

 私は、ただひたすら友人たちに対する逮捕状の執行を思い止まってくれるようにと刑事に頼むしかない。

 その代わりに、彼らが意のままに書き上げた供述調書に署名を求められれば、これを拒否することなどできなかった。

 だからこの間の取り調べは一挙に進む。

 すでに判明している事実の断片をつなぎ合わせての筋書きが可能なかぎりは、私が一言も供述しなくても、ただ頷いているだけで、私の供述調書はでき上がっていった。

 それでも取調官が描く私の犯罪シナリオは、私が佐藤の財産を勝手に処分したという部分の財産犯のところまでがせいぜいで、肝心の殺害犯罪のシナリオを勝手に作り上げることはできなかった。

 捜査当局は、殺人についてのほんの断片の事実も発見していなかった。

 だから殺人のシナリオを描ききれないのだ。

 刑事たちは、とにかく私に対して佐藤の死体を出せ、埋めた場所を自白しろと一方的に責め立てるが、こればかりは空想だけで当てずっぽうを述べるわけにもいかず、いくら脅されても私にはどうすることもできない。

 “死体なき殺人事件”として有罪判決のあった「無尽蔵事件」を例にして、海に流した死体は発見されにくいという話を刑事から聞いたので、

 「私も死体を京浜運河の橋の上から捨てた、だから死体が存在しないんだ」

と、私が言い張ったこともある。

 私は、警察の過剰捜査の被害をくい止めるためなら、ここまで言うしかないほど追いつめられていた。

 捜査当局の描く犯行シナリオは、7月23日か24日に殺害して金を奪い、その死体を25日にどこかへ捨てたというもので、刑事たちはこの3日間にすべての犯行が行われたものだと断定していた。

 そして、この死体の始末については、一人で行うのは難しいので、それを手伝った共犯者がいるに違いないと推測して、それもあって私の友人・知人を執拗に警視庁に呼んでは事情聴取を行っていたのだ。

 私は毎朝、取調室に足を踏み入れる時には、

 「今日こそは取調官の勝手に作った架空のシナリオなど認めないようにしよう。今までのウソの犯行シナリオを否定しよう」

と決心しているのに、深夜取り調べが終わって留置場に戻される時の私は、刑事との闘いに敗れ去り、何もかも認めさせられて憔悴しきっている。

 結局は屈服せざるを得ないと知りながら、私は毎朝、昨日までの取り調べで無理やり認めさせられた当局のシナリオを否定して、刑事に反抗することから始めるのだ。

 「この野郎は、ゆうべ完全にとどめを刺しといたはずなのに、一晩たつとすぐに息を吹き返す。やりにくい男だ」

と言いながら、刑事はいやな顔をする。

 こんな具合だから、刑事は毎日のように自白強制のための技術をイロハからやり直さなければならない。

 取調室は罵声、怒号に混じって机を叩き、椅子を蹴りつける音で一日に一度はあふれかえる。

 そして、それでも思いどおりにならない私に対して、白石主任が私の身近な者の逮捕を言いだすのも、パターンとなった。

 「ようし、お前がどうしても警察に対抗しようというんなら、こっちもそれなりに対抗するしかない。お前の女房を逮捕するぞ。

 佐藤名義の預金を差し押さえて配当の小切手を現金化するのを手伝ったり、山根医師に田園調布を買うようにすすめたりして、けっこうお前の詐欺行為を手伝ってるじゃないか。

 お前の言うような潔癖な性格の女どころか、とんだ食わせ者のメス狸で、本当のところはお前とつるんでいるのではないか」

 白石も興奮しているから、ことのほか汚く罵る。

 「これは脅しじゃないぞ」

と念を押して血相を変えている。

 こうなると私は、もうこれ以上取調官に反抗し続けることなどできはしない。

 何でも言うことをきくから、これ以上は無関係なものに手出しすることは勘弁してくれ、と頭を下げ屈服するのも、いつもと同じパターンになった。

 「いくら警察でもそんなに簡単に一般市民を逮捕できないことは常識じゃないか。そんな脅しで取調官の言うなりになるなんてことは信じられない」

 後になって接見に来た弁護士からこう言われたが、彼はまだ私の立場をよく理解していない。

 現実にこの自分自身が、殺人などの容疑については何ひとつ根拠もなしに無実のままで逮捕されているし、理不尽な目にあっているのは藤本氏や矢ケ崎氏も同じである。

 警察はやる気にさえなれば、重箱の隅をつつくようにして些細なミスを探し出して、これを理由にして簡単に身柄を拘束する。

 ちょっとした交通違反、偽名でホテルに宿泊したなどの小さな理由で、身柄拘束された者など数多くいる。

 刑事の言うとおり「結果よければすべてよし」は、堂々とまかり通っている。

 私は、家族や友人の逮捕をほのめかされて、刑事が単に私に対する脅しのためにハッタリを言っているのだとは思わなかった。

 本気でやろうとしていることは、雰囲気で判る。

 彼らはこの事件で成功するためなら、なりふり構っていられないのだ。

 マスコミを誘導して重大犯罪摘発という警察の成果を公表してしまった以上、今さら証拠がみつからない、間違いでしたなどということは許されない。

 この時の私の立場としては、自分一人を犠牲にすることで足りるのであれば、取調官の言いなりになるしかない。ただ捜査当局が、これ以上の暴走をしないように願うより他に方法はなかった。


 

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