上申書・22 預金がおろせない

     預金がおろせない

 逮捕と同日に実施された私の事務所や自宅の家宅捜索によって、当局は事件に関する資料ばかりでなく、私のプライベートな財産に関するものまで一切合切を押収していった。

 もともと証拠があって強制捜査に入ったわけではなく、証拠を押収するための捜索だから、できるだけ広く網をかぶせて、何もかも根こそぎもっていくのだ。

 私の実印をはじめ、事件とは何の関係もない不動産権利証、賃貸借契約書類、帳簿や日誌はおろか預金通帳にいたっては、私の2人の息子がお年玉などの小遣いを貯めているものまで含めて、すべてを奪っていった。

 逮捕状に記載された容疑は、公正証書原本不実記載というまったく形式的なものだったし、この犯罪容疑に私の個人の預金通帳が関係するはずもないのだから、こういうプライベートな財産まで広く押収したことからみても、この捜索が殺人容疑を真の目的としていたことは明白だ。

 そして、捜査の目的に加えて、取り調べ中の私を窮地に追い込むためのいやがらせという取調技術の一つでもある。

 本人を逮捕したあとに残された家族まで経済的に追いつめられれば、これは密室にいる私にとっては大きな負担となる。

 それと、私のもっているすべての情報を捜査当局が入手してしまえば、これ以上は万が一にも私にとって決定的に有利な資料が出たとしても、それを隠して表に出さないことが可能である。

 捜査当局にとって、本人の自白以外には直接証拠が期待できないような事件では、必要かどうかの判断をせずに、とにかく手当たり次第の資料を手中に入れておくことは、将来の私の弁解を封ずるためにも重要なのだ。

 逮捕された時点の私には、若干の銀行預金もあったから、とりあえずは家族が路頭に迷うこともあるまいというのがせめてもの救いだった。

 ところが実際には、警察によってこれらの預金の引き出しは、制限されてしまった。

 当局は銀行に連絡して、預金の引き出しを停止するようにと、わざわざ指導したのだという。

 このことを弁護士から聞いた時には、警察のやり方の卑劣さに腹を立てるとともに、すぐに家族の生活費のことが心配になった。

 また、商売のやりくりのことも気になる。

 銀行からの金の引き出しを止められれば、仕入れ代金やら従業員の人件費を支払うこともできずに、事業はすぐに行き詰まってしまう。

 十数名の従業員やその家族のことも心配だった。

 従業員のうちの何人かは、社宅という扱いで私の個人名義の建物に居住していたから、事業の閉鎖、私の破産ということになれば、仕事を失うだけでなく、生活の基盤である住居までなくなるのだ。

 急いで転居先を探さなければならない彼らの立場を考えると悲しくなる。

 警察の軽はずみな強制捜査着手によって、私だけでなく実に多くの者の人生計画が狂わされてしまったと考えるだけで、言いようのない悔しさを感じた。

 事業を倒産させて、信用を失った私に対してなら捜査官はいくらでも悪口を集めることができよう。

 わざわざ出向かなくても、捜査本部には私を中傷したり誹謗したりする電話や投書が舞い込む。

 これらの中から役立ちそうな情報を拾い集め、巧妙に再構築して私の悪性の情況証拠にしたり、または、私を挑発して精神的に混乱させるための材料にすることができる。

 警察に対するだけではなく、私の自宅にも中傷文書は届けられた。

 ポルノ写真や私の悪口が送りつけられてくるのに、家族は耐えられるはずはないのだ。

 しばらくして弁護士が粘り強く銀行と交渉した結果、普通預金の一部だけはやっと現金化できたと聞いたが、定期預金についてはとうとう現金化できなかった。

 この凍結されたままになっていた預金については、後日、別件逮捕容疑となった一連の事件のなかで、私に金をだまし取られたというシナリオの被害者役を当局によって割り振られたY医師が、損害賠償金の一部として差押さえした。

 警視庁の留置場の中で必死に無罪を主張して闘っている私に、この仮差押えの令状が届けられた時には、思わず泣けてきたものだ。

 当局にとって、否認している私の主張を封じて無理に自白させた佐藤の財産処分事件だから、裁判になれば再び否認することが想定される。

 この事件を民事事件の強制執行という方法で既成事実化してしまおうという当局の巧妙な作戦だったのではないか。

 この民事手続きをつうじてY医師に、自分は詐欺の被害者であるという確固とした認識を抱かせることもできるのだ。

 経済的な面からも私を窮地に追い込もうという当局の狙いは、そのとおりに進んで、私の経営していた飲食店はほどなく閉鎖されて、従業員もバラバラに去っていった。

 そして生活手段を奪われた私の家族も、債権者に追われて自宅を明け渡した以後、そのまま私とは音信不通となる。

 社会における自分の存在基盤をすべて失った私は、絶望的になってゆくのである。

 

 

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