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上申書・25 300万円の入手先

     300万円の入手先

 佐藤殺しの最大の証拠だと追及されている、通帳と印鑑を私が所持していた本当の事情をいくら説明しても、取調官は全く受け付けなかった。佐藤を殺して奪ったに違いない、と決め付けてくる。

 しかしいくら強制されても、これだけは認めるわけにはいかない。

 真実を述べても聞いてもらえぬままに、それでも何とか取調官が納得するような話にしないと、私はこのままでは本当に殺人犯にされてしまうという、恐怖に駆られていた。

そのうち、刑事の誘導に従ってなんとか苦し紛れの弁明をしている間に、とうとうこの通帳と印鑑は、佐藤が昼寝をしている間に私がこっそり抜き取った、というシナリオに落ち着いてしまうのである。

 佐藤が任意に私に預けたという私の主張では刑事が認めないし、殺害して私が奪ったという話では、私が認められない以上は、佐藤の隙を見てこっそり入手したことにするしか双方の話はまとまらない。

 こうして通帳などの所持に関する私の弁明が立つと、次の証拠だといって取調官が私に示したのは、昭和55年の7月末に私が出所不明の大金を支払ったという事実だった。

 「お前さんがどんなに否定しても、7月末に大蔵屋に対して300万円という大金を支払っている事実がある限り、佐藤の殺害容疑を消すことは出来ない。

 会社を倒産させて間の無い男が、どうしてこんな金を所持していたのか。破産した者に金を貸す銀行は無いはずだから、この300万円は佐藤を殺して奪った金だと考えるしかない」

 釈明できなければ、これが殺人犯の証拠だと白石に詰め寄られると、私は何が何でも説明し切らなければならない。

 実際にはこんな300万円という金を大蔵屋に支払った記憶など私には全く無いのだが、先方には私から受領した記録が残っているといわれると、事実を否定して済むわけにも行かず、あとは辻褄合わせの弁明しか残らない。

 不自然な弁明をしても取調官が納得するはずも無いので、少なくとも刑事たちには、ありそうな話だと思わせる程度の辻褄あわせが必要である。

 はじめの内には私の母親か妹から借り入れた金だろうと説明していたが、これは直ぐに捜査官の裏づけ調査で否定されてしまった。

 こうなると私自身にもこのような大金を入手できたという根拠を思いつくことが出来ずに、いよいよ刑事たちの追及は厳しくなる。

 この時までの私は、すでに不渡小切手の責任追及をめぐって723日の夜に田園調布の自宅で殴り合いの喧嘩をしたことにされていた後であるし、その上、預金通帳などを鞄の中から抜き取ったというシナリオさえ認めさせられていたのだから、追い詰められた私が、この300万円についても同様の説明をするのは必然である。

 「佐藤を殴り倒した後で、佐藤の鞄の中から奪い取ったんだろう」と刑事から誘導されれば、他に大金入手の理由が見つからぬ私としては、殺人容疑を晴らすためにも、このような取調官の筋書きを認めるしか方法は無い。その通りに認めてしまった。

 しかし、私が佐藤の鞄から金を取ったということを認めたのは取調官のわなに陥ったと同じだった。23,4日ころに佐藤を殺害して金を奪ったに違いないと想定している当局にしてみれば、とにかく殴り合いの喧嘩の末に佐藤を制圧して、その所持金を奪ったことを認めさせてしまえば、ほぼ、八割方私を落としたというよう。

 「よぉし、お前さんはこれで佐藤に対する強盗傷人については認めたんだ。ここまで来ればもう五十歩百歩じゃないか。潔くすべて白状して、きれい並みになってやり直せ。」白石にこういわれて初めて、私は、自分がとんでもないことを認めさせられたことを知った。

 白石は勝ち誇って続ける。

 「これでおれたちは何時でもお前さんを強盗傷害で逮捕できるんだ。何しろ自白まであるのだから、どうでも有罪に持ち込める。お前さんがぐずぐず言ってばかりでさっぱり調が進まないから、とりあえず次は、これで逮捕といくか」

 白石がこう言って脅すと、私はすっかり怯えてしまう。そして今度は次の言い逃れを思いついて、強盗容疑を否定し始めた。

 「300万円の金は奪ったのではなくて、佐藤さんから返済してもらっただけだ。」

 5年前の7月ごろの私の金の動きについては、すでに細かく刑事から資料を示されていたので、私が718日に取引先の信用組合から300万円を引き出していることは知っていた。

 「佐藤から返してもらったというのは何の金か?」と問われた私は、この信用組合から引き出した300万円のことを引いて、

 「佐藤は私に1000万円を返す前提に、300万円をよこせと言ったから、とりあえず金を渡した。その後に約束を破って1000万円を返さなかったのだから、このときに渡した金は返してもらう権利がある。カバンの中から取った300万円は奪ったのではなく正当な返済金だ」

と、語っている私まで混乱しそうなこじ付け話をして言い逃れる。

 300万円の金をなぜ佐藤がよこせと言ったのか、と問われると、さらに辻褄合わせは期日をさかのぼっていって、

 「6月末にハウジングヤザキに2000万円の金を貸すに当たって、その金を佐藤と私が半分ずつ佐藤企画に投資することにしたが、私には手持ち金が700万円しかなかったので、残りの300万円を佐藤から借りたのだ。716日に渡した金はこのときの借りた金だ。」と説明した。

 一見するとなんとなく筋が通っているように見えるが冷静に考えれば矛盾だらけの辻褄合わせの作り話である。

 なぜなら以上の私の話が仮に真実だとしても、これを単純にまとめれば、「6月末に佐藤企画に700万円を融資して、715日に返してもらう約束だったが、佐藤が約束を破った」ということであって、300万円の話など出る余地がない。

 話を複雑にするのは単に辻褄合わせだということがすぐわかるのに、取調官はこんな作り話でも、自分たちの犯行シナリオに沿っているので信用しようとする。

 私は、佐藤殺しの証拠だといって突きつけられた300万円の出所を弁明するために強盗罪を認めさせられることになり、今度はこの強盗罪を否定するために、複雑で分かりにくい金の流れを作り出す羽目に陥ったのだ。

 すべてが架空の話で、真相は、こんな300万円を7月末に支出したことなど私の記憶にないのである。

 その後、私が殺人罪でも追起訴されて、すべての取調べが終了したはずのころになってから、当初は現金で支払われたとされていた300万円が、実際には郵便局長の発行した小切手で支払われていたことが分かり、取調官が私の供述を誘導したことの大前提の事実が誤りだったと判明した。

 私が佐藤のカバンから現金を奪ったという話も、信用組合から下ろした300万円の行方も、6月末に佐藤から借金した話も、何もかもがとんだ茶番の筋書きだったと暴露されたことになろう。

 誤った前提と、予断によって、取調官は私の供述をどんどんと歪曲させていったという、よい見本である。

 本事件は初めから捜査当局の予断だけによって強制捜査が開始されたのであるし、強盗殺人の容疑で取調べを受けていた私はこの重大事件の犯人にでっち上げられることへの恐怖から、全力を尽くして言い逃れてきた。

 強盗殺人犯人としてのうその供述調書を作成されぬため、という大目的に沿うのなら、どのような辻褄合わせでも、作り話でも、取調官に誘導されるままに認めた。

 私の135日間の警視庁での取調べでは、実に多くの供述調書が作成されているが、このすべてが、この目的に沿って作られたものである。

 私が真実を語ったところで、そんなものを取調官は聞こうとしない。

 私はただひとつ、殺人犯にされては大変だという意識を持って、自分の否認を固守するために、あるいは無実の主張を通すのと引き換えにして、取調官に迎合してウソの調書を認めていった。

 財産処分関連の供述調書にしたところで、その全てがそもそも肝心の佐藤殺害容疑を否認して、これを前提にして話を組み立てているのだから、仮に私が真犯人だとしたなら、供述の大前提からして虚偽だったということになる。

 このようにして作られた供述調書に信用性などあるはずがない。

 

 

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