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上申書・29 5年前の変死体

     5年前の変死体

 梅村検事の取調べは刑事たちの調べの合間を縫うようにして、ほぼ一日おきくらいの割合で夕食後に行われた。

 それまで担当していた刑事たちを控え室に退去させた後で、そのまま65調室に事務官と2人で入ってきて、引き続いての調べが始まる。 

 刑事たちの罵倒したり威嚇したりする自白強制的な調べとは違って、常に穏やかな態度で私を説得しながら、私の主張・弁解の不自然さや矛盾点を鋭く追及してくる。

 5年前のおぼろげな記憶に頼って弁解しなければならぬ私にとっては、力で強引に押してくる刑事よりも、この梅村検事の理詰めの追及のほうが怖い面もある。

 この日、梅村検事は私と机を挟んで着席するとすぐに、

 「今日の昼は、君の奥さんにいろいろと話を聞いた。君のことを心配していたぞ」と言う。

 「君の家族はみんな元気でやってるそうだ。それから一学期の成績表が来て、君の息子さんは二人ともグーンと成績がアップしていたそうだ。奥さんから、家族のことは大丈夫だから安心してくれ、健康に気をつけるように伝言してくれ、と頼まれた」

 逮捕以来の私にとっての一番の気がかりは家族のことだったし、特に来春に高校受験を控えていた長男の精神に及ぼす影響を心配していたので、検事のこの言葉を聴いて、一度に感極まってしまった。

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、一刻も早く家族の元へ帰りたいと痛切に思う。こんな馬鹿げた冤罪などもう沢山だ。早く真相を解明してもらって息子のところへ帰らなくては、と考える。

 今までのかたくなで反抗的な態度とは打って変わって、感情的に高ぶってしまった私に戸惑ったのか、検事の追及は鋭さを隠し始める。

 「佐藤の殺害については一切知らないと言う、君の主張は変わらないかね?」

 私は、これだけは明確に、無実だと断言した。

 「君が直接に佐藤の殺害犯行に関わらなかったとしても、佐藤が殺されたと言う情報を入手したとか、あるいは佐藤の死体のありかを偶然に知ってしまったと言うこともあり得るのではないか?君が佐藤の死をまったく知らなかったとすると、その後の財産処分などの君の行動の説明がつかないんだがね」

 今までの調べでは、佐藤を殺したことを認めろ、と言う自白強要ばかりだったから、このように、殺害犯行ということから離れて、佐藤の死に心当たりはないか?と取調官から問われたことは初めてだった。

 梅村検事に佐藤の死体を偶然に知った可能性はないか、と言われたときに、私はまったく唐突に、大宰府の変死体のことが思い浮かんだのである。逮捕以来、私の脳裏には一度も甦ったことのない事項だったのに、5年前の私が、もしやこれは佐藤ではなかろうかと考えたことのある死体が存在したと言う事実を思い出した。

 脈絡なしに突然に思い出したことだったから、これがいつのことで、どのようにしてこの情報を入手したのか、その後どのように対処したのか、等の具体的な細部をすぐに思い浮かばなかったが、この大宰府の死体を佐藤ではないかと疑ったことがあり、そして結局その身元を確認しなかったのだ、という記憶だけは明確にあった。

 梅村検事から家族の動静を聞かされたために、いつもより素直になっていた私は、この大宰府の変死体のことを検事にしゃべって、身元を確認してもらおうかと考えた。

 検事の言うとおりに、私もあの死体が佐藤だと思ったからこそ、その後の不審に思われるような財産処分行動を起こしたのかもしれないではないか。

 これで真相がはっきりすれば、私の嫌疑は全て晴れるのかもしれない、などと思う。

 しかし、いざ検事に話そうとしたとたんに、やはり躊躇してしまった。というのは、私は5年前の7月25日に福岡で佐藤と会っていたというアリバイについて、これから取調官に供述しようとしている矢先のことなのだ。

 仮に大宰府の変死体が本当に佐藤だったなどという事になると、今度は福岡に舞台を移して、どんな犯行シナリオが組みなおされるやもしれない。ましてこの私は、この変死体が発見される以前に佐藤と一緒に大宰府周辺のドライブへ行っているのである。

 私は変死体の存在について検事に話す前に、やはりこの件も弁護士に打ち合わせて、どのように供述すべきかの助言をしてもらおうと決心して、検事にこう言った。

 「そういえばなるほど、佐藤の所在について心当たりがひとつある。これを含めて、私の知ってることを全て話すが、その前に時間を十分にとって弁護士と細かな打ち合わせがしたい。ただし、このことが検事さんの期待に沿うような事案解明に結びつくかどうか分からないが・・・」

 「よし分かった。今の君の涙を見れば、ウソを言うつもりじゃないと思う。明日、弁護士に来てもらうことにしよう。全てはそれからだ」

 梅村検事はこれだけ言うと、この日の調べはこれで終えて退席してしまった。

 入れ違いに3人の刑事たちが血相を変えて調べ室に入ってきて、

 「いったい検事に何をしゃべる気なのか?自分たちがこれだけ親身になって心配してやっているのに、自分たち抜きの直接取引では、立場がなくなる。せめて話の輪郭だけでも教えろ」と口々に言う。

 検事から早速に今の調べの様子を聞いたのか、それとも調べ室にセットされた盗聴マイクを通して私の供述の状況をうかがっていたのか。

 取調室における立場は敵同士であったが、すでに何日間かの壮絶な闘いともいうべき濃度の濃い人間関係が形成されていた私と刑事だったから、戦友にポイントを稼がせようとでもいうような奇妙な優しさにとらわれて、私は刑事に言った。

 「佐藤の死体に関連して思い出したことがあるので、弁護士を呼んで貰って相談した後に、検事に話すと言った。端的に言うと、佐藤が九州で死んだのではないかということだ。

 過去、福岡の大宰府付近で発見されている身元不明死体と、佐藤のデータを照合しておいて欲しい」

 佐藤の死体らしき存在だけについては捜査当局に情報提供しておくほうがよいと私は考えた。

 これから7月25日の私と佐藤との福岡での行動を説明するついても、事前に関連する情報を収集しておいて貰ったほうが、話が早い。

 ところが、私のこの言葉をきいた刑事は、拍子抜けしてあきれ返る。

 「何だ、お前の重大な告白ってのはそんなことか。俺たち本部の仕事ってのはそんな甘い仕事はしていない。過去に発見された身元不明死体との照合はすべて終わっている。

 佐藤の死体が未だ発見されてないってことが断言できるからこそ、お前を逮捕したんじゃないか。死体の埋まってる場所はお前に教えてもらうしかないってことは、初めから言ってるはずだ。」

 刑事は私の話を、またとんでもない作り話をしたもの、としかとって居ない。これを聞いて私のほうも落胆してしまった。もしや一挙に真相が解明されて、私に対する嫌疑が晴れるのではないかと期待をしていたからである。 

 翌朝、もう一度念を入れて白石主任に尋ねてみると、佐藤の身元を識別するために当局が収集しているデータは、火傷痕などの特徴のほかにも、血液型、指紋、歯のX線写真までそろっているという。従って、過去の死体との照合でも見誤る可能性はない、というのだ。こうなれば私も刑事の言うことを信じるしかない。

 5年前に発見されていた大宰府の死体が佐藤ではなかったことを確信した私は、この日の梅村検事の調べに当たって、

 「昨日自分が述べた佐藤さんについての心当たりの件は、私の勘違いだった。期待を裏切って申し訳なかった」と謝ってしまった。

 もちろん検事からの連絡があって、急遽面会にやってきてくれた弁護士に対しても、大宰府の変死体の話などは一切していない。

 佐藤の死体ではないと分かった以上は、私のこの事件とは何の関係もなくなったからである。

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