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上申書・33 別件再逮捕

 8. 検事交代(87日過ぎ)

   別件再逮捕

 私は、最初の逮捕の勾留満期が近づいたころ、留置場の収容者たちから、

 「さぁ、今度はいよいよ本命の殺人容疑でくるから、あと23日間がんばれよ」

と励まされていたので、2度目の逮捕も別件逮捕だったのには落胆した。

 これまでの23日間は、ストレス過重と睡眠不足に悩み、体調の崩れをやっと気分だけで耐えていたのだが、それでも、これで苦しみの半分は終わったのだ、あと半分を耐えればいいんだ、と自分を励まし続けてきた。

 それなのに、またも別件逮捕だったのだから、私は気落ちしてしまった。

 折り畳み椅子に毎日十数時間も座ったままの緊張姿勢でいることの苦しさや腰の痛みも寝不足からくる気力の衰えも、そろそろ限界なのではないかと自覚し始めていたほどだったから、振りだしに戻って初めからこんな取り調べが繰り返されるのかと思うと絶望的になってしまう。

 こんな私の気持ちを見透かすように白石は言った。

 「お前さんが佐藤を殺して、どこかに埋めていることは間違いがないんだ。すべてを自白するまで、何年でもお前さんをこのままここから出さないことに捜査方針が決まった。

 2回目の逮捕容疑は田園調布の家を売却したことでやったが、細かく分ければ、小切手の振りだし1枚につき1件、預金引き出し1回につき1件という具合に逮捕を重ねることができる。2~3年なら十分にもつだろう。

 俺たちにしても、どうせ今までに2年半もこの事件を追ってきたんだから、自分のライフワークのつもりで腰を落ちつけて取り組む覚悟だ」

 そして、自分が手がけた過去の否認事件の中で、別件逮捕を繰り返した末に、ようやく 105日目になって殺人を全面自白したというヤクザの親分の話を例にして、私がこの記録を破れるかどうか楽しみだと笑った。

 私はこれまで、所在不明になっている佐藤が本当に殺されているのかどうか、また、佐藤の行方に私自身が関わっているのかどうか、という程度の捜査であれば、現在の日本の警察力をもって調査すれば、20日もあれば十分だと考えていた。

 また留置場の収容者たちの話から判断しても、別件と本件の2度の逮捕による合計40数日間の取り調べで、事件捜査は片がついて、その後は少なくとも外部の人間との連絡ができるようになるものと楽観視していた。

 2か月程度のブランクで済んで、その後は私が指揮できるのなら、私の仕事もなんとか再開できるだろうし、従業員の給料や私の家族の生活費についても保たせられるだろう。

 そして、逮捕される前に私が関わっていた何件かの民事訴訟や、所有不動産の競売事件の進行についても、1~2度の不出頭だけで済むのなら、十分に取り返しがつく。

 それなのに、私が自白するまで何度でも別件逮捕を繰り返すという白石主任の言葉と、そのとおり2度目の逮捕も別件容疑だったという現実とによって、私のこの後の予定がまったく立たなくなってしまった。

 すぐに従業員や家族の生活のこと、中途半端になっているやりかけの仕事のこと、財産の保全のことなどを心配しなければならない。

 外見上は派手で余裕があるように見えた私の仕事だったが、しょせんは自営業者の懐のうちは自転車操業である。

 惰性で進んでいる間に新たにペダルを踏み込まないかぎりは、倒れてしまうのは必然だ。私の仕事の場合は、この惰性の期間はせいぜい2~3か月、この間に私が復帰しなければ大変なことになる。

 せめて家族との間でも、私の不在中の仕事の段取りをとるための交流が許されているなり、あるいは各店の店長と打ち合わせができるならばともかく、警視庁での別件逮捕が続く間は接見禁止処分に付されていて、私は誰にも直接に連絡できない。

 何の前触れもなく突然に身柄を拘禁されて、誰とも音信不通にされてしまえば、誰の生活だって破綻するだろうが、この場合の被害は自営業者である私には特に大きかった。

 私が運用していた総資産は約5億円ほどもあったろうが、このままでは何の打つ手もなく、すべて崩壊してしまうのだ。

 私のこれまでの半生で築き上げてきた人間関係も、財産も、信用も、そのすべてが音を立てて崩れていくのが見えるようで、あまりの焦燥感から身体が震えだす。

 2度目の別件逮捕は、私をますます絶望に追い込んでゆく。

 そして、この監禁は、私が佐藤を殺害したという嘘の自白をしないかぎり、果てしなく続けると取調官に宣告された。

 私は、取り調べに対処するのと同じ苦しみを、二重に背負わされたのと同じだった。

 話はとぶが、その後、白石主任が宣告したとおりに、3度目の逮捕も別件容疑で行われ、4度目にやっと本件の佐藤殺害容疑で逮捕される。

 最初の逮捕から数えて90日目の1013日に殺人罪で起訴されたのちも、警視庁第四留置場に勾留されたまま補充の取り調べが続く。

 そして、第1回目の公判が終了した1128日になって、やっと代用監獄から脱出できて、拘置所に移監になったのである。

 しかも、私の執拗な要請の結果、接見禁止が解除されたのは 400日を経過したあとだった。

 この間、弁護人以外との交流は一切禁止される。

 私に何の通知もなされないままで、財産はほとんど競売等の換金処分にされ、もちろん事業のすべてが崩壊し、私は、想像していたとおり半生の結晶のすべてを失った。ただ無念としか言えない。

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