上申書・37 土台の下に埋めた?

     土台の下に埋めた?

 「田園調布の家にある大きな庭石の下に埋めたんだろう。

 5年前にお前が庭の井戸を埋め戻したり、庭工事をしたことも判っている。

 佐藤の死体の隠し場所としてはこれ以上のところはないから、あそこを掘り返すことに決めた。

 今、警察犬やらブルドーザーやらの手配をしている。

 このところしばらくマスコミも静かだったが、また大騒ぎになるぞ」

と白石は嬉しそうに言う。

 私は驚いて、何の根拠もなしに、どうしてそんなことができるのかと、強く抗議した。

 ただでさえマスコミのさらし者にされて、つらい立場にある田園調布の買い主のY医師に、またも惨めな思いをさせることは耐えられない。

 「根拠は、河西とY医師の供述、それとお前さんの性格分析だ。

 河西はあの家でノイローゼになったのは、佐藤の霊が漂っているようで気味が悪かったからだと言っている。

 それに引っ越したときに、真っ白な猫が庭を掘っていたそうだ。

 Y医師が越したときにも、庭に地蔵様が祀ってあって、いやな気がしたんで、場違いだと言って片付けさせたらしい。

 その上、一人で死体を始末するってのは意外と難しいものだし、お前さんの性格から考えると佐藤の死体を遠くに運ぶよりは、警察の意表をついて隠した可能性がある。

 お前さんには造園の知識もあるようだし、田園調布のあの庭石の下に埋めて、完全犯罪を企んだというのが捜査員の見方だ」

 私を佐藤の殺害犯人だと決めつける論理とまったく同じで、当局の勝手な憶測だけで、庭を掘り返すつもりなのだ。

 何も関係のない一般市民にこれ以上迷惑をかけるのは止めてくれ、ムチャな暴挙は中止してくれ、と私は刑事にひたすら懇願するしかなかった。

 佐藤の死体を発見しない限り、この事件の展望がひらけない状態にあったので、捜査当局は、なりふり構わずに死体を捜しているようだ。

 この5年間の私の立ち回り先、特に私がよく行くドライブ旅行先など、死体埋蔵の可能性のありそうな場所を片っ端から尋ね歩いている。

 私が年に数回はドライブに行った奥多摩やら丹沢湖の周辺などは、明神・加藤両刑事が自ら実地踏査までして、死体を捜したという。

 そして、田園調布の次には、私の母が住んでいた春日部の住宅に目をつけたのである。

 「完全犯罪を狙うお前さんの立場になって考えてみたら、死体を埋めたのは、春日部の家の土台の下に違いないってことで全員の意見が一致した。

 あの家は、佐藤を殺した直後の7月30日に新築の注文をして、すぐに着工してるじゃないか。

 偶然にしてはタイミングが良すぎる。

 さすがにお前さんだけのことはある。うまい手を考えたな。

 しかし、その後、自分の母親に佐藤の骨の番人をさせておくんだから悪い野郎だ」

 警察というところは、邪推すると、とことん暴走するのだ。

 自分の終の住み処と定めて平凡に暮らしている老女に向かって、この家の土台の下に息子が殺人死体を埋めた疑いがあるので、家を取り壊して確認する、などと本気で宣告しようとしている。

 捜査員はすでに、5年前の新築工事をしていた当時の情況について隣近所の聞き込みもしたという。

 地方都市の住宅団地という閉鎖地域の中では、殺人死体が家の下に埋まっているかも知れないという噂が広まっただけで、もはや私の母が平然とそこに住み続けられないことは明らかだろう。

 私の逮捕によって、ただでさえ落胆しているところへ、さらに決定的なダメ押しともいうべき残酷な宣告をされて、絶望的になっているだろう母の心を思うと、私は警察の汚いやり方が悔しくてならなかった。

 取調官にここまで追いつめられてしまえば、もはや私は、無条件で屈服するしかない。

 どんなことでも取調官の言うがままに認めることを誓う以外には、私のとり得るみちはないのである。

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