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上申書・39 詐欺容疑を認める

   詐欺容疑を認める

 87日に再逮捕された容疑は、私が山根医師夫妻を騙して田園調布の自宅売却を名目にして4100万円を騙取した、という事件だった。

 初逮捕以来、佐藤の死体のありかを追及されるのと併行して、財産処分関連の事件についても細かな取調べを受けてきたことだから、この詐欺容疑の供述もすでに20数日間も続いていることだ。

 私は、この家を山根夫妻に売却したという事実関係については認めてきたが、この行為は佐藤と打ち合わせしながら、依頼された範囲内でやってきたことだから犯罪行為ではない、と主張してきた。

 しかし、私が所有者の佐藤を殺害した上で、この財産を乗っ取ったのだという一連の事件として考えている取調官が、このような私の弁解を認めるはずがない。硬軟取り混ぜた取調べ技術を駆使して、何とかこの詐欺容疑を私に認めさせようとしていた。

 ところでこのころの私は、佐藤の行方に関連した供述として、5年前の7月下旬には佐藤と福岡へ行っていたのだというアリバイを主張していたが、この裏づけ調査を警察にやってもらおうとして、このときに大宰府の山中で別れたきり佐藤とは会っていないという作り話をしてしまった後である。

 これを前提にしている限りは、翌年の2月に自宅を売却する際にも佐藤と連絡しあっていたという、これまでの話を引っ込めざるを得ない。

 私にとってこの事件は、殺人容疑を晴らすことこそが最大目標であって、その他の別件逮捕の口実とされているような財産処分関連容疑などは二の次だったから、そのためには725日に福岡で別れて以来、佐藤とは会っていないのだ、という作り話を貫き通すほかには無いのだ。

 この結果として、自宅の売却については佐藤の承諾なしに私が勝手に売却したのだろう、という取調官の追及をいつまでもかわしていることは出来なかった。

 「こんな分かりきったことまでウソで誤魔化そうとしているくせに、福岡の話は真実だから信じてくれといっても、そりゃ聞けないよ」

という取調官に対して福岡の話を信じさせるためにも、田園調布の家の売却については当局の描くシナリオを認める必要がある。

 またこのころの私は取調べのストレスに耐えかねて、すでに取調官の言うがままに何でも認めうる精神状態に陥っていたのだ。

 これまでの調べの中で、私がマスコミ報道に対して過敏に反応することを見抜いてしまった白石刑事は、自宅の買主となった山根夫妻が如何に大変な騒ぎの渦中にあって、悲惨な立場に置かれているかを強調して私を脅すのである。

 「山根先生の勤めている大学病院にまでマスコミが押しかけて騒いだので、退職せざるを得んらしいぞ。ずいぶんな有名人になったんで、今更雇ってくれるような病院も直ぐには見つかるまいし、お前のおかげでとんだことになっている。」

 「子供たちも学校へ行けないし、友達も相手にしてくれない。奥さんの母親は、この騒ぎのショックでとうとう寝込んでしまった」

 「夫婦そろって医者だというやっかみも有って、、マスコミもざまぁみろ、馬鹿医者め、という風に餌食にしている。この事件で一番の被害者というのは佐藤じゃなくて、あの山根夫婦じゃないかな」

 「この家も佐藤さんに返さなくてはならないし、そうすると多額の借金だけ残って、もはや生活していくことも出来ない、と言って泣いてたぞ。お前さんは、あんな善良なお医者さん夫婦を騙したんだ。どうやって責任が取れるんだ。

 こんな話を聴くと、親しく交流してきて山根夫妻の人柄を良く知っているだけに、私は居ても立ってもいられない。

 こんな警察のでっち上げ事件に巻き込まれるのは、私一人だけで沢山だ。田園調布の家は正当に山根先生が買ったのだから、警察やマスコミがなんと言おうとも、頑として跳ね返してくれれば良いのに、本人が弱気になると、いいように付け込まれるのじゃなかろうか。あの家は間違いなく、山根先生のものなのだ、と心配でたまらない。

 白石が言った。

 「どうだろう、お前さんが詐欺容疑を認めさえすれば、田園調布の家については、自分が佐藤の子供たちと話をつけて、山根先生の所有権を確保してやろうじゃないか。

 幸い山根はまだ残金を払ってないから、その分の6000万円に多少の色をつけて、それを遺族に払うことにすればはじめの予定通りで、家は山根のものになる。

 佐藤の子供たちにしたって、夢にも思わなかった金が入るのだから、まるで濡れ手に粟だよ。すでに何度も子供たちに何度も会っているから、感触で分かる。当事者同士じゃまとまらん話でも、警察が間に立つとなれば、この話は絶対にまとまる。」

 白石は佐藤の所在確認のために、直接に3人の子供たちの事情聴取をしているものだから、そのときの状況をいろいろと教えてくれる。

 「言っちゃ悪いが、息子と下の娘はあれは少し足りない連中だから、俺がこうしなさいといえば、それで決まりだ。だから問題は姉娘のほうだが、あの娘は初めて自分が自宅に訪ねていって、佐藤さんのことを聴きたいと頼んだら、『あんな人は父親だなどとは思っていません。どこで死のうが生きようが、私には無関係だから、何も話す事はない』といって取り付く島がなかった。よほど佐藤を憎んでいたのだろうな。

 仕方ないから旦那にとりなしてもらって、別の日にやっと話が聴けたって始末だった。旦那がしっかりもので、今回の件もすべて相談に乗っているという話だが、常識的で穏やかな人物だ。

 こうなれば欲も出て来るだろうが、それでも6000万円入ってくるとしたら大金だよ。これで手を打って欲しいと俺が頼んだら、きっと承知してくれるだろう。

 どうだ、事後処理を一切、俺たちに任せてみる気はないか。山根先生の立場も考えて、決断しろよ」

 先に述べたように、私としては佐藤と連絡をとりながら家の売却活動を行ったという主張は引っ込めねばならぬ立場だったから、この白石主任の利益誘導に乗ることにしたのである。

 私としては、新たな負担無しで、山根先生の所有権が確保されるのなら、最大の懸念が除かれる。

 私は詐欺容疑を認めることにした。


 

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