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上申書・44 ポリグラフ検査

    ポリグラフ検査

 私に対するポリグラフ検査が行われたのは8月16日だった。

 この検査は、10日ほど前に加藤刑事から受けるようにすすめられた。

 「お前がそんなに無実だと言い張るのなら、いっそのこと嘘発見器にかかって殺害とは無関係なことを証明すればいい。

 器械は正直だから無実ならそのような結果がでる。そうしろよ」

 人間の心の動きが自律神経の反射によって、脈拍や発汗作用として身体に変化を与えることは生理学上広く知られているし、これはその人間の意志によっては制御できないということも衆知の事実である。

 だから、この生理的な変化を測定すれば、その者の供述の真偽を判定できる。

 私としては、この検査によって自分の主張の真実性が証明できるのだから、喜んで応じたかったのだが、問題もあった。

 それはポリグラフ検査の鑑定人が、警視庁の職員だということである。

 確かに器械で示されるデータは真実であろうけれども、その検査結果を勝手に主観的に判読されたのでは何にもならない。

 多くの冤罪事件は、鑑定人がデータを歪曲して、でっち上げていると聞いているものだから、私の場合も勝手な有罪証拠が捏造されるのではないかと不安になった。

 そこで、警視庁の嘘発見検査のシステムを尋ねると、検査部門は捜査部門とは独立していて、専門の技術者が担当しているのだという。

 同じ利害を共有する警視庁職員同士だから、当然にある目的をもったサジ加減はあり得るだろうが、まったく白いものを黒だと決めつけることはあるまいと私は判断したので、検査データは、その生のままで私にも見せてくれることを条件にして、器械にかかることを決心した。

 結果を歪曲されて利用される危険もあったが、一方で、これは私の無実を立証するチャンスでもある。

 刑事から聞くと、現在のポリグラフ検査の信頼性は高く、ほとんど誤りはないという。

 検査が正しく行われれば、私の潔白は証明されるに違いないとの確信をもった私は、むしろ積極的にポリグラフ検査を望む気持ちになっていたのだ。

 16日の朝、いったんは留置場からいつもの取調室に連れてこられたのだが、すぐにこれからポリグラフ検査をすると告げられて、3人の刑事に囲まれるようにしてエレベーターに乗り、別棟の上層階にある検査室へ向かう。

 はたしてどのようにして検査が行われるのか、結果は客観的に正確に表示されるだろうか、初めてポリグラフ検査を受ける私は少々不安だった。

 検査室に入ると取調官は退室して、私は検査官と一対一になる。周囲を薄暗くした部屋の中央だけが浮かび上がるような照明の真ん中に被験者席が準備されていて、私はそこに着席するように指示された。

 この検査でどうしても潔白を認めてもらわなくてはならないという気負いもあるし、どのような検査が行われるかの見当がつかないせいもあって、私は極度に緊張してこの椅子に座り込んだ。

 検査官は、私の両手などに器械のセンサーを貼りつけながら簡単に原理を説明してくれたが、それによると発汗作用による手のひらの皮膚電導率の変化と脈拍・呼吸数を測定するらしい。

 私は薬品など飲まされるのでないことに安心した。

 器械の調節を終えると、初めに伏せたトランプの種類を当てる実験が行われる。装置は私の座ったすぐ右隣にセットされているので、検査官の問いに私が答えるたびに自動記録装置の針が激しく揺れて、その振幅を記していく様子が見えるのだ。

 私の返事に一呼吸おくれて何本かの針が大きく振れるので、なるほど鋭敏なものだと感心した。

 トランプ当ての予備実験は、何度か繰り返されたが、そのすべてが適中したので、私もこのポリグラフ検査に徐々に信頼をおくような気持ちになっていった。

 検査は二種類に分かれていて、初めに対照質問法が行われる。

 佐藤の行方不明について私が何か知っているかどうかを尋ねるもので、例えば

「あなたは5年前に行方不明になった佐藤さんの行方を知っていますか」

「あなたは佐藤さんの行方を知っている張本人が誰か判りますか」

などという質問が何項目か繰り返される。

 私は、この問いに対して簡潔に「知りません」「判りません」と答えていた。

 次に緊張最高点質問法があって、これは私が佐藤を殺害したことを前提として、その殺害方法や死体の処分法を尋ねるものだ。

「佐藤さんは誰かに殺されて死亡しましたか」

「佐藤さんはあとでどこかの空地に埋められていますか」

「犯人は佐藤さんをバラバラにして処分していますか」

「犯人は佐藤さんを刃物で刺していますか」

等の質問が用意されていた。

 これらの質問に私が答えるたびに、自記装置の針が激しく動く。

 こんなところで反応したのでは、私が真犯人だということになってしまう、と私は針が振り切れるたびに、ひやひやしていた。

 横目で器械を眺めながら、何とか気を落ちつかせて冷静に対処しようと考えるのに、私があせるとますます鋭敏に反応しはじめてしまう。

 わずか2時間ほどの検査だったのに、このポリグラフ検査は、私にとってはストレスが高くて、終わったときには、すぐには立ち上がれないほどにすっかり疲れ果ててしまった。

 昼食後の取り調べで、刑事がこう言った。

「俺たちが全員でマジックミラーごしにお前さんの検査を見ていたことに気づいたか。

 器械の針が何度も振り切れていたじゃないか。

 いくら嘘をついても、身体の方は正直に反応してる。

 私が佐藤を殺しましたって白状しているんだよ。

 科学的に有罪が証明されたんだから、もう逃げられないぞ。

 正式の検査結果を待つことはない。すべて話しちゃえや」

 私は、やっぱりこんなインチキ芝居などに乗るのではなかった、と少々後悔したが、この日は正式な結果に基づくものではないから、検査についての追及はこの程度で終わったのである。

 しかしその後何日たってもポリグラフ検査の話は取調官からは出ない。

 私の方から逆に「約束どおりに検査のデータを見せてほしい」と頼んでも無視されるので、私はついにポリグラフ検査では、私の無実が証明されたのに違いないと思うようになっていった。

 当局側に都合の悪い結果が出たので、すべてを伏せてしまったのだろう。


 

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