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上申書・45 麻酔分析の恐怖

    麻酔分析の恐怖

 ある日の取り調べで佐々木検事が、このときの検査について言及してきた。

 やはり私の無実は証明されていたらしい。

「ポリグラフ検査などというのは、訓練すれば自在に結果を左右できるという話もある。

 クロの反応が出なかったからといって、私は君が無実だとは思っちゃいない。

 君のような計画的でしぶとい確信犯には、あんなオモチャの検査じゃ効かないようだから、今度は麻酔分析にかけてやろう。

 君がイヤだと言ったところで、やる方法はいくらでもある」

 麻酔分析というのがどのようなものなのかは知らなかったが、佐々木のこの言葉は、私に恐怖を覚えさせた。

 佐々木の口ぶりからしても、少なくとも人間の自由な精神の働きを麻酔薬などでコントロールして、無意識下の記憶や情報を操作するものだろうというぐらいの想像はつく。

 捜査当局はいよいよ本気で事件の捏造をする気らしい。

 私の深層心理に薬を使って暗示を与え、真実の記憶すら塗り変えてしまうらしい、と考えると密室に閉じ込められた囚人の私には、外に救いを求めることもできず、当局のこの企みに対する何の防御策もとれないことに絶望的になってしまうのだ。

 この事件の情況証拠は真っ黒だから、これで私の犯行自白さえあれば、もはや反論の余地なく有罪認定されるだろうと、私の弁護人も言っている。

 私は自分の意志によらずに、当局に都合のよい自白調書がでっち上げられることだけは絶対に避けたかった。

 しかし、私を無理に押さえつけて麻酔薬を使用して精神分析を強制されたとしても、社会から隔絶された密室の囚人には、どうしてこれを防ぐことができようか。

 殺人の証拠など何一つありはしないのに、ただ怪しいというだけで強制的に私を逮捕・監禁して、思いのままに人権を踏みにじっている現実からみても、捜査当局がやる気にさえなれば、私の意志など無関係に麻酔分析程度のことはやりかねない。

 私は、イザというときになったら、死にもの狂いに抵抗して暴れまくり、少なくとも私の意志に反したとんでもない検査が行われようとしていることだけは、周囲の誰かに気づかせようと覚悟を決めた。

 大声で騒げば、周りの取調室にいる何人かはきっと気づいてくれる。

 このために私が怪我をすることになっても仕方がない。

 場合によっては取調官の一人と刺し違えることも辞さないという固い決心だった。

 しかし困るのは、私が留置場で熟睡していて何も知らず、何の抵抗もできないままに麻酔薬を注射されて、こっそりと連れだされることである。

 私は独房生活だったから、当局が隠密行動をするにはまことに条件がいい。

 佐々木検事に「麻酔分析にかけるぞ」と言われた以降の私は、今までにも増して睡眠時間が少なくなった。

 熟睡することに恐怖心を抱いたために、わずか3~4時間しかない眠りの間においても、少しの物音で目覚めてしまう。

 看守の交代で扉の錠が開くとき、巡回の靴音がするとき、どこかの収容者が大声で寝言をいったとき等、私は驚いて飛び起きてしまった。

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