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上申書・49 佐々木検事が欺した

    佐々木検事が欺した

 佐々木検事に対して福岡のアリバイについて細かく供述した翌日の8月24日、午前中の刑事の取り調べに引き継いで、午後は早い時間からまたも検事が担当した。

 調べが始まるや否や、前もって準備してきていた太宰府や筑紫野市を中心とした、数枚の詳しい地図を机に並べて、この地図上で佐藤と別れた場所を具体的に特定しろと検事は言う。

 私が「多分この辺だったような気がする」と言って、いい加減の範囲を示すと、検事はこの太宰府の2万5千分の1の地図を持って、取調室を出ていった。

 相当に長い時間が経って、心配になりかけたころになってやっと検事が戻ってきた。

「地元の警察に正式に照会することにしたから、改めてこの場所の概観図を作成してみてほしい」

とボールペンと半紙を私に渡しながら佐々木が言う。

 もはや、私の言葉に疑いを持ちながら応じていた今までの取調べとは一転していた。

 佐々木の指示に応じて図面を書きたかったのだが、この現場にはタクシーで、ほんの一瞬立ち寄っただけなので、元々何も覚えてはいないし、何のイメージも思い浮かばない。

 こんな私の困った様子をみて佐々木が熱心に私を誘導してくれるのだ。

「君が以前描いて警察に提出した、あれと同じ略図でいいんだよ」

 私の描いた略図を見て、検事がいろいろと誘導を始める。

「ここはただの空地じゃなくて、人為的に造成された土地だろ? こんな山中に自然な空地なんてあるわけがないんだから」

「佐藤さんを置き去りにしたのはこの位置か? まさか、砂利取りの河原の真中では、すぐに誰かに見つかってしまう」「石ころ河原と杉木立との間には、段差があったはずだ。全体が傾斜地なんだから高低差がなけりゃおかしい。

 丁度佐藤さんの位置が段差の影になったので、すぐに見つからなかったんだろう」

 検事がすでに現地の詳細な情報を入手した上で、私を誘導していることは明白だったから、私は黙って検事に従うことにしていた。

 検事の納得のいったような顔をしていることから判断すると、変死体発見現場の地形は、私と佐藤とが立ち寄った河原の土地と、いくらかは似ているのだろうか、と不思議な気もしたが、もちろん口には出さない。

 最後に検事は、ケガをした佐藤を放置してきた場所として、人型マークを入れさせた後に、『埋まっている可能性がある』と書き加えろと指示する。

「ただ単に佐藤と別れてきた、置き去りにした、というだけでは地元の警察官だって探すのに熱が入らない。

 人が死んだ場所だと強く印象づけた方がいい。

 君も、どうしてもこの場所を探してもらいたいんだろう?」

と力説する。

 少し強調のしすぎではないか、とも考えたが、私としては元々作り話を重ねて、やっとこの現場に捜査当局の眼を向けさせてきたのだから、今更この程度の細かいことにこだわっていてもはじまらない。

 検事の指示通りに

『埋まっている可能性あり』

と書き加えた。

 次いで佐々木検事は、先程の2万5千分の1の太宰府地図を取り出して、該当場所に印をつけろと言う。

「県道から北の山へ上る道は1か所しかないから、多分ここではないかと思う」

と私が言って検事の顔を眺めると、はっきりと眼がうなずいていた。

 検事はもうこの正確な位置を知っているくせに、私が自主的に場所を特定したように体裁を整えているのだ、と確信したので、私は自信をもって地図上に丸印をつけた。

 ところが、検事は、探索の範囲は広くとっておいた方が安全だから、同じ道筋の奥にもう1か所の丸印をつけておくようにと、わざわざ指示したのだ。

 このことで、私は、検事は現場を正確に知っているのだな、と一層確信を持つ。

 検事に言われた通りにもう1か所に丸印をつけた。

「県道から北の山へ入る道がもう1本あるだろう。

 君の記憶違いってこともあるし、どうせ調べるのなら二度手間にならないように可能性のありそうなところはすべて挙げておいた方がよい。

 ここにも丸印をつけといてくれ」

と言って検事は「大道寺」と表示のある山道らしき位置を指す。

 この道は車の入れぬ道の表示になっているので、私と佐藤が立ち寄った河原とも、変死体発見の場所とも違うことは明らかなのだが、私がこれを言うと検事は

「5年前には車が入れる道だったかもしれない。念のためにチェックしておくだけだから」

と譲らない。

 私には解せぬことだったが、いずれにしも検事はすでに現地の正確な情報を持った上で私を誘導しているのだから、この「大道寺」もきっと何かの関係があるのだろう、福岡と私とを関係づけるためには検事の指示に従っておくのが無難だと思い、深く考えずにこの場所にも同じような丸印を付け足した。

 捜査当局との打ち合せをすべて終えて、深夜になってから取調室に戻ってきた検事が

「正式な書類として作成したいので、もう一度丁寧に現場の略図を作り直してほしい」

と言った時にも、私は何の疑いも抱かずに、これに応じることにした。

 夕方に描いた略図を清書しはじめると、佐々木検事はさっきよりも細かく、いろいろと誘導してくる。

 それから10日ほど経った9月3日のことである。この日の佐々木検事の取調べに素直に応じていた私は、供述の弁解のために何枚かの図面を書いて提出した。

 そしてこれらの図面に、まとめて作成日と氏名とを記入している時を見計らって、検事が先日作成した太宰府裏山の砂利採取場の略図をとり出した。

「これは先日君に書いてもらったものだが、署名をして貰うのを忘れていた。

 どうだろう、君が書いたことは間違いないんだから、一緒に署名してくれないだろうか」

 この日の取り調べは検事と好ましい状態で進んでいたので、言われた通りに署名することにした。

 検事が

「書いてもらったのは8月23日だったよな」

と私に念を押したが、そんなことまで覚えてはいない。

 私は黙って8月23日の日付と署名を記入して、検事に手渡した。

 この事件で私が有罪だと決めつけられた最大の根拠が、この、時を逆上って記入した略図の存在である。

 そして8月29日、白石刑事の取り調べで、

「お前さんが印をつけてくれた地図の場所から、ぴったり佐藤の死体が見つかった。

 このことはお前さんが教えてくれなけりゃ、俺達には判らなかったことだ。

 しかも、この場所を書いた略図は現地の状況とまさしく一致しているから、佐藤の死体を棄てたのはお前さんだということを証明している。

 佐藤を殺したのはお前だな?

 喋りたくないというなら、それでも結構だ。

 幸い死体が新しいうちに発見されているから、お前が話さなくとも解明できる」

とつきつけられて、ついに私は太宰府の河原で喧嘩した末に、佐藤を石で殴って殺害したという自白調書に署名させられてしまうのである。 

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