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上申書・50 情報の遮断

 13.訴状

   情報の遮断

 逮捕直後に私の家族がマスコミからの攻撃を避けて、どこやらの知人の家に身を寄せているということは最初の面会時に弁護士から聞いて知ったが、それ以降の家族や肉親の情報は、私にはほとんど入ってこなかった。

 逮捕初日に、妻から下着と洗面具の差し入れがあったが、それ以後に必要になった衣類などを面会時に頼むと、弁護士が新品を差し入れてくれる。

 また、汚れた衣類の洗濯物を弁護士に託して渡したことが二、三度あったが、これも洗った後の変え衣類の差し入れが無いので、こうなればそれ以上外へ出すわけにもいかない。私は、家族が自分の火の粉を振り払うのに追われていて、私の方まで手が回らないのだろうと想像して、自分のことは諦めるしかなかった。

 しかし、警視庁まで往復する時間が作れぬほどに忙しいとすれば、家族の混乱振りもいかばかりかと、また別の心配の種になる。

 私の経営していた4軒の飲食店がどうなったのかも心配だった。

 一緒に働いていた十数名の従業員の給料のことや、店の支払いのことなど、気にはなってもこれに関する情報は何も入ってこない。

 また、逮捕時に私が所有していた20件の不動産のうち、10数件については競売手続きが進行していたり、債権者との和解交渉の途上にあったりして、何らかの形で係争中だったから、これを解決するためには長い空白期間を置くわけには行かない。

 臨機応変の対応が必要なのに、これに関する情報が何も入ってこないので、私はただ気をもむことしか出来なかった。

 私が逮捕された前日には、2000万円の融資金を得る為に、自己所有不動産3件の名義を第三者に移転したばかりで、まさに逮捕されたその日に、この金が入金される予定だった。

 またこの日には、春日部に入手していた土地代金の一部を支払うために、現金を準備していて、売主と会う約束をしていた。

 逮捕2日後の718日には、私が本人訴訟で不動産の返還請求訴訟を起こしていた事件の口頭弁論が予定されていた。私が出廷できなければ、敗訴ともなりかねない。

 数千万円の価額に相当する不動産が奪われるかどうかの瀬戸際であり、私には大問題だったのである。

 このように、私の仕事は休みなくフル回転している最中に何の予告もなく突然に身柄を拘束されたのである。誰かに仕事を引き継いでもらう時間的な余裕などない。

 どの一つの仕事も数千万円単位の金額が動いているのだから、私にとっては、佐藤殺害容疑で逮捕されたことと同程度には重大な懸案事項だった。

 あらぬ嫌疑をかけられて逮捕されたこの事件については、いずれは時間がたてば無実が証明されて釈放されるだろうが、社会で動いていた仕事はそれまで待ってくれない。今の一刻一刻が大事なのだ。

 それなのに今の私の立場は、客観的に見てどうなのか、見通しはどうか、などという情報はおろか、私の途中になっている仕事についての情報も入ってこない。それだけに、悪い方にばかり想像してしまって、私は殺人容疑で勾留されていること以上に絶望的になってしまう。

 外の世界との唯一の窓口だった弁護士も、逮捕事件の重大性にとらわれてか、あるいは処理すべき懸案事項が多すぎたためか、手が回りかねて、私の心配を消すような情報をもたらしてくれない。

 もっとも、週に1,2度、わずか20分間に制限されている面会時間では、私の懸案事項を到底説明できようはずもないから、弁護士の方にしても、私の要望を理解できなかっただろう。

 仮に分かっていたとしても、あらゆる私の仕事関係の書類が、家宅捜査によって押収され、私の家族も家に帰れぬ有様では、手の打ちようもなかったと想像できる。

 面会時に家族や仕事の消息を断片的に聞く言葉の限りでは、自宅が差し押さえられたとか、店の立ち退きを迫られて家主が暴力団を使って実力行使にでたとか、春日部の家の仮処分で母が引っ越したとか、自宅を処分しようとしたら刑事がこれを妨害しようとしたとか、処理がまずくなっている話ばかり。

 私の勾留が2ヶ月に及ぶころには、当初から心配していたとおりに、自転車操業の惰性も衰えて管理者を失った私の財産は、火事場泥棒と化したかの多くの者によって、片っ端から食い荒らされていく。

 それが分かっていながら、外の情報を完全に遮断され、その上、社会への働きかけの手段も奪われた私は、目の前で自分の築いてきた実績が理不尽に打ち壊されてゆくのを、指をくわえてみていなければならなかった。

 刑事の話すところによれば、この事件で私の無実を信じていると述べた者は、ただの一人も居なかったという。

 私の妻や母、妹たちも私が殺人者であることを恥じ、世間に顔向けが出来ないといって、周囲の誰にでも卑屈になってわびているらしい。

 これでは、私のために財産を守ろうという気は起こるまい。

 私が反論できぬのを良いことにして、勝手放題に要求してくる債権者と称する者に対しても、自分に当然に認められる権利すらも主張せずに、されるままに略奪されたのである。

 私の友人や仕事仲間たちも、私の無実の主張に耳を貸すどころか、逆にあの男ならやりかねないと評した上、捜査官の話などから私が長期勾留されるに違いないと判断するや、欲をむき出しにして、この機会に何でもこじつけて儲けてやろうと牙を剥いてくる。

 こういった取調官の雑談も、私が弁護士から聴いている外の状況と符合しているので、そのままに信じられることだった。

 そしてこの話は、私が仲間を大切にして生きてきたと自負しているだけに、落胆の度も深い。

 警察からもマスコミからも殺人犯だ、凶悪犯だ、と決め付け大合唱の中で、必死で見実を叫んでいるというのに、自分を信じて励ましてくれる者が一人も居ないという状況を突きつけられて、私は形容しがたく気持ちが落ち込んだ。

 家族や身内からも信じられていないのだとすれば、もはや絶望しか残されていない。

 確かに弁護士だけは、一応は私の言葉を良く聴こうとしていたが、すでに人間全般に対して不信感を抱いている私には、これも彼らが単に商売としての義務を果たそうとするポーズなのではなかろうかと勘繰ってしまう。

 私が、単なる怪しいというだけの状況で逮捕するのはおかしい、と言うと、「これだけの状況証拠があれば逮捕も起訴も止むを得ない。これで自白があれば有罪も確実だ」とまで弁護士は言った。

 本音では私が有罪だろうと思いながら、職業上の立場で私を擁護してくれているのだろう。私に対する親身な情報提供がなされるわけはないのだ。

 勾留期間が長くなっても私に対する差し入れも届かなかったし、私の個人的な情報は相変わらず何も届かなかった。

 こうなれば私としても、刑事たちの言う、私には身内を含めて支援者など一人も居ないのだということをはっきりと認識せざるを得なくなる。

 なんだか容疑事実を頑強に否認している自分のほうが誤っているような気がしてくる。

 どうせ誰にも自分の主張が信じてもらえぬのであれば、刑事たちが説得するとおりこの事件をこじんまりとまとめてもらって、出来るだけ早く社会復帰できる方策を考えたほうが良いのかも知れぬ。

 真実なんてのは、社会が受け入れなければ虚構となんら変らないのだから。

 情報を遮断され、状況判断が正しく出来なくなった私は、人間不信もあって、もはやどう供述しようが大差ないじゃないか、と自暴自棄に陥ってしまうのである。

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