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上申書・51 田園調布からの賠償請求

    田園調布からの賠償請求

 私が警視庁の留置場に勾留されている間に、ここを私の現住所だと記載して、合計4通の民事裁判の訴状が送達されてきた。

 そのうちの1通は、警察から詐欺事件の被害者の役回りを吹き込まれて、てっきりその気になってしまった田園調布の白い家、元の佐藤の自宅の買主である、Y医師夫妻である。

 私が逮捕されたときのセンセーショナルなマスコミ報道によれば、元の所有者である佐藤を私が殺して、勝手に自宅をY氏に売却したようになっていたし、警察からの説明を聞いてもこの通りに断定していたので、Y氏は、当事者である私に直接に事実関係を確かめようともせずに、売買名目で詐取された金を返せ、と訴えてきたのだ。

 実際にはこの時点になってもなお、果たして佐藤が死んでいるのかについての確証を警察が握っていたわけではなかったし、取調べに臨んだ私は、佐藤に無断で売却したのではないと、断固として詐欺容疑を否定していた。

 にも拘らず、一方的な捜査当局の説明だけを信じて、これが唯一の真相だと決め付けて直ぐに裁判に訴えるというやり方は、私の知るY氏の人柄からは信じられない。これはきっと、当局に操られてしまったのだろう。

 8月に入ったころの取調べで、Y氏が提訴の準備をしていると、白石刑事から聞いていたので、私は松原弁護士に頼んで、事実関係を確かめもせずに早まった行動はとるな、と伝言してもらうことにした。

 私は従来からY医師を尊敬していたし、ずっと親しく交流してきた友人だったので、できればこんな誤解から出発したような裁判沙汰にはしたくなかったのだ。

 十分に話し合って、それでも私の言い分が納得いかないというのであれば、裁判などという法制度に頼らずに、私はY医師の請求する金を支払って、田園調布を買い戻す自信があった。

 また、私が数億円に達する資産を運用していることは彼も知っていたのだから、法律で強制しなければ金が回収できぬと考えていたとも思えない。何も私が警視庁に囚われて、何の反論も出来ぬ時期を見計らって、急いで提訴しなければならぬ理由は、彼自身には無いはずなのである。

 ところが弁護士に対するY氏の回答は、私とは一切共闘する気もないし、今更話し合う必要もないということだったという。

 Y氏が自らを詐欺の被害者だと主張するということは、田園調布の家の売買契約が無効だったことを自分で認めることではないか。

 そして、自分の現在の所有権を放棄することになるのだから、彼の主張が私には理解できない。

 少し冷静になって考えれば直ぐに分かることだろうに、当局にあおられて頭に血が上っているとしか思えない。私に対して訴訟など起こせば、結局は自分の首を自分で締めることになるのが分からなくなったのだ。

 一方警察にしてみれば、私を逮捕はしてみたものの佐藤の所在は依然としてつかめないし、財産処分関連を事件として立件しようにも、これが犯罪行為だと決めるには確証がない。

 局面を打開するためにY氏をあおって、私に対する民事訴訟を起こさせれば刑事捜査への願っても無い援護射撃になる。

 Y医師を、友人に騙された悲劇の主人公に仕立て上げれば、世論の支持も得やすくなるし、詐欺行為が既成事実として認知されやすくもなる。私を精神的に追い詰めるには格好のネタだった。

 Y氏は当局に対しての自分の心証を良くしようとするあまりに、弁護士を通じて私からの伝言を受け取ると直ぐに、これを警察に通報した。

 このひと事だけでも、如何に当時のY氏が当局に取り込まれていたかが良く判る。

 前述したように、このY氏の通報によって私は、弁護人を利用して証拠隠滅を図ったと検事に厳しく責められて、窮地に陥った。

 そして、親しくしていた友人にまで裏切られたのかと、という失望感も加わって、佐藤の自宅を売却した行為など、もうどうでもよいことだと捨て鉢になる。

 Y氏が自ら詐欺にあいましたと、被害を警察に報告している以上は、私が、いや、騙していないと言い張れば、ますますY氏の主張と対立することになって空しいのである。

 私は刑事たちの言う詐欺行為を容認してしまったのだ。

 当局の描くシナリオに沿って詐欺容疑を認めさえすれば、佐藤の3人の子供たちとY医師の間を取り持って、今までどおりに土地建物の所有権はY氏に属するように取り計らってやるといっていた白石主任も、一旦私が容疑を認めた後では、そんな約束などなかったかのように触れてこない。

 私にしたところで、精神的に参っているところへ追い討ちをかけるように、訴状まで送り付けられてみれば、もはやY医師夫妻のために何とか所有権を確保しなければならないという義務感も失せてしまって、白石主任に約束の履行を迫る気にはなれなかった。

 Y氏は提訴するに先立って、私の個人財産の調査を行ったという。

 たまたま私の所持していた店舗など、数個の不動産が第三者名義になっていたために、これを差し押さえることが出来ずに、初台の土地建物と、前述したように私の定期預金を仮差押している。

 損害賠償請求の訴状に続いて、これらの仮差押の通知が留置場宛に送達されてきたときに、私の絶望感がますます募っていったのは当然である。

 初台の家にはK智恵子がすんでいるのだから、強制執行手続きになれば、彼女までが私の巻き添えになって、住居を追われかねないのだ。

 私の家が自由が丘だったこともあって、すぐ隣町に住むY氏とは日ごろから親しく行き来してきた友人だったので、彼のこのような問答無用の提訴と強制処分に対して、私の精神的打撃は大きかった。

 しかもY氏が私を訴えるということは捜査当局にすれば、私の犯行を既成事実化させるためのイメージ作りの狙いもあったから、こんなことまでマスコミに情報提供する。

 Yが私を訴えたという記事の載った新聞を示されたとき、私は、こんなことで今頃は家族がまたも肩身を狭くしているのではないかと悲しくなった。

 これまでの私は「友情と信義をより所にして生きてきたのだから、友達のY先生を騙したりするはずがない」といって詐欺容疑を断固として否認してきていたので、新聞にまで報道されたY氏の損害賠償請求の訴えは、取調官が私をからかう格好のネタになってしまった。

 「Yを友達だなどと考えていたのは、お前さんの片思いだったことがよく分かったろう。相手は友達どころか、ただの詐欺師だとしか見ていない。

 周りのものは実によくお前さんの本性を見抜いているよ。お前さんが騙していないといっても、Yさんがこの通り、騙されましたと言っている。Yさんと対決するのか?」

 私とY医師を含む友人関係の周辺には、家族ぐるみ長年の交際を続けてきた、別の友人たちが大勢いた。

 その中には私がこのような不測の事件に巻き込まれたりすれば、真っ先に駆けつけてくれて、残った家族の力になってくれるに違いないと思われる友人がいた。

 しかしY医師がこのようにして、私の弁解を聞かずに、それと対立するように行動し始めたことによって、必然的にほかの友人たちも私の家族を支援する側に立つことはできなくなる。

 捜査当局が取り調べの真っ最中のこの時期に、Yを扇動して訴状や差し押さえ礼状を送達するように仕組んだのは、私を社会的に抹殺して、一層、孤立化させようという狙いがあったのだろう。私は狙い通りに、ますます絶望してゆく。

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