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上申書・53 佐藤はホモか

 14.変死体の身元(825日~29日)

   佐藤はホモか

 825日以降、しばらくの間の佐藤の所在に関する私への追及は今までとはすっかり雰囲気が変わってしまった。

 私の弁明を一切聞かずに、佐藤を殺したことを認めろ、埋めた場所を白状しろ、と責められ続けてきたそれまでからすると、夢のような静かな調べである。

 午後から深夜まで継続して、佐々木検事が担当するようになったので、刑事の調べが主として午前中の23時間に限られ、まとまって私を追及することができなくなったせいでもあった。

 福岡における私の行動やら、その後の佐藤の行方などの質問は何もなくなって、もっぱら佐藤の性格やら、彼の生活ぶりと、私との日常的な交流についての雑談ばかり。

 そんな中でも特に「佐藤はホモじゃなかったか?」「お前にはその気はなかったのか?」というような質問が刑事からも、検事からも何度も発せられることが、不審だといえばいえる。

 「佐藤と一緒に旅行に行った男が、夜中に突然に佐藤が一緒に寝ようといって自分の布団に入ってきたので驚いたと供述している。お前さんもよく佐藤と旅行へいっているが、そんな経験はなかったか?」と白石主任は言った。

 「君が佐藤とホモの関係にあったと考えれば、佐藤が自宅の鍵まで預けて君を全面的に信用していたという事実も納得いくんだがな。あれだけケチで警戒心の強い佐藤が、君だけに心を開いていた理由はそれしか考えられないんだが」と、佐々木検事も言った。

 私はいわゆるオカマと呼ばれている性倒錯者の連中の話術の巧みさに接するのが好きで、以前から新宿ゴールデン街や2丁目のゲイバーに通っていたので、佐藤をこういう私の馴染みの店に連れて行ったことは何度もある。しかし佐藤の品のない冗談や、露骨で下卑た表現は、こういったゲイバーのママさんたちには嫌われた。

 こういうタイプの人はもう連れてこないで、と本気で怒るママさんもいたから、このことから考えると、佐藤にホモ趣味があったとは到底思えない。彼らは一種独特の勘で、同好の士を見分ける能力があると聞いているからである。

 「しかし君は、佐藤とはよく温泉めぐりをしたというのだから、裸の佐藤のこともよく知っているのだろう?たとえば、佐藤の陰茎が大きかったか、小さかったか、どうだ?」

 佐々木は執拗に佐藤の性器の形状を私に語らせようとするが、実際には私も注意して観察したわけではないから、細かく答えることができない。

 確かに佐藤とは温泉やサウナに何度も同行したし、風呂場での佐藤の異常な行動も 私の気になっていたことだから、気づいたことの範囲では、検事の質問に答えておいた。佐藤の陰茎は、私よりは小さかったと思う。

 予断だが、佐藤は湯船に入る前に、頭の天辺から足のつま先まで、まるで皮膚が擦り切れてしまうのではないかと心配になるほど丁寧に時間をかけて洗う。そして湯に浸かった後、もう一度体全体に石鹸をつけて洗いなおすのである。

 一度の入浴で2度も洗髪する人を見るのは初めての経験だったが、日頃の佐藤の異常なおしゃれぶりを見れば、風呂場でのこの行動も納得できてしまう。

 過去に佐藤が精神病院への入退院を繰り返していた事実をすでに知っていた私は、まだ佐藤が正常な精神状態に戻りきってないのだろうと判断していたのだ。

 それにしても、刑事といい、検事といい、奥歯に物が挟まったようないいにくい調子で、ホモセクシャルやらサド・マゾなどの、佐藤と私の性癖の話を執拗に繰り返して質問する理由がわからず、私は少なからず戸惑っていた。

 一方、825日から加藤部長刑事の姿が見えなくなる。白石の説明によれば、疲労が溜まって体を壊したというのだが、26日、27日と休めば、私にも加藤刑事の不在の理由はわかる。私の主張の裏づけを取るために、加藤部長が自ら出張して行ったに違いない。

 それにしても私のアリバイの裏づけ調査であれば、ホテルの宿泊名簿にしろ、レンタカー伝票にしろ、行けばすぐに判明することなのに、三日たっても、その結果に基づく私への尋問が始まらないのは一体どうしたことなのだろう、というのが私の疑問だった。

 佐藤と私との交流の様子を尋問した後の佐々木検事は、次には大宰府裏山の河原での、私と佐藤との別離の模様をもう一度私に説明させようとする。

 しかし私にとっては、この河原に佐藤を置き去りにしてきたという話は、もともと当局の目を福岡へ誘導するための作り話なのだから、すでに加藤刑事が福岡で出張調査していることが判っている今となっては、もう一度しゃべりなおす必要がない。

 検事の質問にも話をはぐらかして、要領を得ぬ返事しかしない。

 今までの経過から見ても、すでに福岡の裏づけが取れたことは確実なのだから、それならば当局は、今まで描いていた想定シナリオを全て白紙に戻して、潔く誤りを認めるべきなのに、取調官の雰囲気ではどうもそのようには思えぬことが私には不思議だった。

 25日から28日までの4日間の調べは、当局が何かの新事実をつかんでいながら、それを私に隠したままで何とか私を誘導していこうとする態度が見えていたが、私にはこんな取調官の意図は理解できない。調べに戸惑いながらも、取調官の言葉の端からでも何らかの情報のヒントを得ようと必死だった。

 そんな努力の結果、自分なりのひとつの結論に達したのは、「5年前の変死体は、今でも身元不明のままになっていたのではなかろうか」ということだ。

 あの変死体は佐藤ではないとは聞いていたが、あの事件がすでに解決済みだとは聞いていない。とっくに片付いているに決まっていると思い込んでいたのは、私の誤解だった可能性がある。

 5年前の事件がまだ迷宮入りのままで残っていたのだとすれば、私が自分の作り話の中に、この変死体の発見場所を取り込んで供述したことは、ずいぶんと間抜けなことをやったことになるのだ。

 佐藤に対する殺害容疑を免れたと思ったら、今度は別口の殺人容疑者にされてしまうのか、とも考えたが、取調官は具体的な追求をしてこないので確信が持てない。

 とにかく福岡から加藤刑事が戻ってくれば全てが明白になるのだ、と不安の気持ちを抑えて、私は加藤刑事が現れるのを待つことにした。

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