上申書・54 現地調査の結果

    現地調査の結果

 25日からの4日間は加藤部長が不在で、取調室の私の世話をやく者がいないから、私の待遇は最悪の状態だった。明神・安田の両刑事は私に対して強圧的な調べで、嫌われる役割を担っているので、甘い顔を見せて私の面倒を見るわけにはいかないのだ。

 おかげでこの4日間、朝から深夜まで、一杯のお茶を入れてもらうこともなかった。昼のパン食も水分なしで飲み込むのだし、この間は髭も伸び放題、髪には櫛が入らないので、寝起きのままで逆立って、すさまじい様相になっている。

 こんな最中の828日になって、やっと加藤部長が取調室にやってきた。

 その顔を見たとたんに私は、「九州へ行って調べてきてくれたんですか?」と聞くなりポロポロと涙を流してしまった。

 私のためにわざわざ福岡まで行って裏付け調査をしてきてくれたのだという思いもあったし、また、私の面倒を見続けてくれている加藤部長に対して、いつの間にか甘える気持ちを抱いていたので、顔を見ただけで感極まってしまったのだ。

 部屋へ入った加藤部長は笑いながらすぐに私にお茶を入れ、タバコに火をつけてくれる。そして、小便はどうだ、と尋ねて早速に私をトイレまで連れて行ってくれた。

 その間に次のように言う。

「お前は勘が良いから、俺が福岡へ行ったことを判っていたそうだな。向こうで全て調べてきた。これでこの事件は解決だ。みんな判った。お前も言いたいことはあるだろうが、それは明日になったら俺が聞いてやる。心配することはないぞ。任しておけば俺が悪いようにはしないから」

 加藤刑事とはほんの10分間ほど顔を合わせていただけだったし、口封じを命じられているようで、私に細かな説明をしなかったので、これだけ聞いても彼がいったい福岡でどんな調査をしてきたのかサッパリ分からなかった。また、事件はすべて解決した、と言ってる意味も理解できない。

 しかし、加藤刑事の調査結果が私にとって有利なものではなかったことは、雰囲気で判断できた。私の主張の裏付けが有利な方向で取れた場合ならば、何も隠す必要はないのだから、はっきりと伝えてくれるだろうし、このように抽象的な言葉だけで逃げるはずが無い。

 こうなると私が最悪の場合を想定すれば、やはり5年前の変死体が未解決になっていて、私がそれを「藪をつついて蛇を出した」と考えるしかなくなってくる。

 夕食後は佐々木検事の調べだったが、私が検事の言葉の中から何かの情報を得ようとしても、検事は福岡の話には一切触れない。このことで、私の気持ちの中には得体の知れぬ不安がますます大きくなっていった。

 そこで佐々木検事が取調室から席をはずしている隙を見計らって、私は検察事務官に思い切って言葉をかけてみた。

 「太宰府の河原が発見されたら、埋まっている死体の発掘には私も立ち合わせてもらえるんですか?」

 「何を言っているの、埋まってやしないじゃない。そっくりそのままナマで出てきたのだから、証拠はきれいに残っている。もう誤魔化しは効かないのだから早く正直に話した方がいいよ」

 若い事務官のこの返事を聞いて、私は5年前の変死体事件の犯人にされかかっていることを確信した。

 そしてそこに具体的に死体が存在しているだけに、事態は、抽象的な佐藤殺し容疑よりも厳しいのだということを認めざるを得ない。

 なんて馬鹿なことをやってしまったんだろう。無関係の殺人事件現場にわざわざ捜査当局を誘導していったなんて、まるで漫画じゃないか。

 私自身の頭が混乱し始めて、まとまらなくなったこともあって、この後の検事の取調べがどのようなものだったかの記憶がないが、いつも通りの深夜12時前に調べを終えて、私は留置場へ戻された。

 しかし布団に横になっても、私の心配と不安は大きくなるばかりで、とても眠るどころではない。

 変死体の発見場所を私が率先して示したことは事実だから、この事件と私には関わりがあることが証明されている。

 「私と佐藤の行動の裏付けのために、たまたま知っていた5年前の変死体現場を口実として利用しただけ」と私が弁解しても、果たして捜査当局が信じてくれるだろうか。

 当局がすでに、この私を変死体の殺人犯だと決めてかかっていることは、加藤刑事や検察事務官の口調からも見て取れる。

 さぁ大変だ、この先一体どうなるのだろう、と考えれば考えるほど目が冴えてしまい、この夜はとうとう一睡もできぬままになってしまった。

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