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上申書・55 佐藤の死体だった

    佐藤の死体だった

 「お前さんが教えてくれた通り、太宰府の裏山の死体は間違いなく佐藤だったよ。これでやっと証拠が出揃った。何もかもすべて、話してもらおうか」

 白石主任が私に勝ち誇ったように告げたのは、829日の朝早くから始まった取調べの冒頭だった。

 白石のこの言葉を聴いたと単に、私は激しい衝撃を受けて、体が震えだし、頭も空白になって考えがまとまらない。

 5年前の変死体がまさか佐藤本人であるなどとは全く予想もしていなかった。

 大変なことになったと思うばかりで、どう対応してよいのか、判断がつかなかった。

 佐藤の死体は発見されていない、変死体は佐藤ではない、という捜査官の説明を信じて、それを前提にして今までずっと、太宰府の山中の作り話をしてきた。

 今になって、やはり、5年前の変死体は佐藤だったなどと言われたのでは、この間に私がしゃべってきたことの前提が崩れておかしなことになる。

 私はわざわざ地図の上に「佐藤の遺体があると思われる場所」などという決定的に不利な言葉まで書き加えて提示したのだ。

 その場所から佐藤の死体が発見されていたというのでは、白石の言うとおりに、これは決定的な真犯人の証拠とされてしまう。私は佐藤殺しの犯人にされてしまうという恐怖のために、ほとんど錯乱状態に陥ってしまった。

 事態のあまりにも意外な展開に呆然として、言葉を失っている私の対して、白石は重ねて強調する。

 「お前さんが印を付けてくれた地図の場所からぴったり佐藤の死体が見つかった。このことはお前さんが教えてくれなけりゃ、俺たちには分からなかったことだ。

 しかも、この場所を描いた略図は現地の状況とまさしく一致しているから、佐藤の死体を捨てたのはお前さんだ、ということを証明している。

 佐藤を殺したのはお前だな?

 しゃべりたくないと言うのなら、それでも結構だ。幸い死体が新しいうちに発見されているから、お前が話さなくとも解明が出来る。」

 白石の言う通りなのだ。佐藤の死体が発見されていて、その死体と私との関連が立証されれば、他の状況証拠が真っ黒だという弁護士の言葉通りに、私が真犯人だと認定されることは確かだった。

 取調官がこの事件を立件するための切り札と考えて、佐藤の死体のありかを追及していた様子からしても、当局がこの死体の発見を佐藤だと確認できたことがどれほど重大なことかは、今更言われなくても良く分かる。

 だからこそ、私はこの朝、大変なことになったと身がすくんでいたのである。

 しばらくたって、はじめの衝撃がやっと静まるころ、私はこの窮地を脱する方策は何も残っていないのかと真剣になって考え始めた。

 一切を黙秘して、後は当局にされるがままになっている方法もある。

 しかし私が黙っていても、白石の言うように、今までの証拠からだけで、私は真犯人だと決め付けられてしまい、処罰されるだけのことでしかない。

 また、私は無罪だ、何も知らない、と一方的に言い立てるだけでは、事態がここまで進んだ以上は取調官を納得させられないことも明らかだ。

 やはりこのところは反目しあって刑事との対話を全面的に拒否するのではなく、双方が互いの情報を正直に交換し合って、正攻法で佐藤殺しの真相を解明するしか、私が窮地を脱する手段はないものと結論付けた。

 5年前の夏に佐藤が殺されていたというのだから、これを前提にして当時の私の記憶を整理していけば、真相解明の糸口もつかめるかもしれない。

 今や、真犯人を探し出すヒントは私しか持っていない可能性が強いのだ。私自身で真犯人を指摘するのでなければ、ことここに至っては、私が犯人の汚名を着せられてしまう。

とにかく、佐藤はどのように殺されていたのか、また今までの5年間の捜査活動で、どれだけのことが解明されたのか、私自身が真相に近づくためにも、少しでも多くの客観情報を収集しようと考えた。

 白石主任から、5年前の変死体は佐藤だったと聞かされて、「私じゃない。私は無関係だ」と言ったきりで、これ以降何もしゃべらなくなってしまった私に対して、とうとう白石は供述を促す説得を始めている。

 「これだけはっきりした証拠があるのに、ただ自分は関係ないというばかりでは裁判官の心証を悪くする。黙ったりしないで、現実を直視して、自分に有利な弁解をしておくことが大事なんだ」

 しゃべりたくなければしゃべらなくて良い、とは言ったものの、やはり取調官は、私からの供述を得ないことには事件が解明できないので、黙秘している私に、優しい説得で懐柔しようとする。

 刑事の説得に応じる形を作って、捜査側の得ている情報を入手するには、良いタイミングでもあった。

 そこで、一旦は口をつぐんでしまった私だったが、改めて

 「5年前の記憶が全く残っていないので、覚えてない以上は私自身は無実だと思っている。しかし、仮に私が真犯人だとするなら一体どのような犯行が行われたというのか、私の記憶を呼び戻すヒントになるかもしれないので、分かっていることを教えて欲しい。」と白石主任に尋ねてみる。

 対話が途絶えて私が沈黙してしまうのが何よりも困る取調官は、私があくまでも、仮に犯人だとして、といって念を押すのが不満ではあったが、仕方なしに少しずつ変死体の発見状況を説明してくれた。

 私自身の口から詳しい供述を引き出して、秘密の暴露を立証しようとする取調官は、時々はカマをかけたりして、私の意表を突く質問をしたりしたが、もとより私には何も答えようがないのだ。

 白石主任に言わせると、私が5年前の記憶をすっかり忘れているのは、自分の罪深さの精神的重圧から逃れるため、忘れよう、忘れようと努力して、とうとう現実の出来事を意識化に押し込んでしまったということで説明がつくのだそうだ。私が変死体の状況に関して、何一つとして説明できないことだけは、白石も認めざるを得なかった。

 予断になるが、白石の娘が筑波大学の現役の院生なので、著名な犯罪心理学の教授から、私の供述心理についての助言を、この娘を通じて得ていると言っていた。

 白石は、私が佐藤殺害について何一つとして具体的な供述が出来ない状況について、このように自分なりに理論付けて納得していたのである。

 私は白石主任と交わす対話の中で相槌を打ちながら、佐藤の死体がどのような状態で発見されたのかを少しずつ推察していった。白石の説明はおおむね次のような内容であった。

 「鞄を返せ、と言ったか、泥棒め、と言って突っかかってきたんだろう?カッとなると何をするか分からん男だからな、佐藤は。

 そしてお前さんは押し倒されて川の中に転ぶ。

 そしたら川底の手ごろな石が手に触れた。

 不意に暴力を振るわれたら、これを防ごうとするのは本能だから、お前さんもこの石を手にして、佐藤を殴りつけた。誰だってこの場面ならそうすることだ。

 1回殴っただけじゃ佐藤もひるまないから、お前さんも何回も殴りつけたんだろう?」

 「川遊びしてたんだから裸でも不自然じゃないな。

 で、佐藤のパンツはどこで脱がせたんだ?

 なるほど、倒れた佐藤を岸に引きずり上げるときに、どこかに引っかかって取れるというケースもありうるな。」

 「紐はどこから探してきた?ほら、ビニール紐だよ、佐藤を縛った。

 付近にゴミ捨て場でもあったんじゃないか?思い出してみろよ」

 [最後に、死体に何か被せてこなかったか?いや、段ボール箱じゃない。外にも色々とあるじゃないか、ほら、そうだよ、ビニールシートだよ。」

 [ところで佐藤の死体に対して、もっとやった事があるだろう?

 あんな事をなぜやったんだ。いや、忘れるはずが無い。こんなことは5年や10年で忘れられることじゃないんだ。

 ほら、上半身じゃなくて、へそから下の部分・・・」

 5年前にこの変死体発見の新聞記事を読んだはずなのに、私の記憶には死体の状況はほとんど残っていなかったから、白石主任との会話で知った、佐藤の死体の様子は全く驚きだった。

 佐藤が殺されていたことについては大いにあり得ることだったし、そのような噂話すら日常的に行われていたので、さほどの驚きではない。

 佐藤はいつも1000万円ほどの現金を持ち歩いて、これを他人に見せびらかして自慢して歩くという非常識な性格だったので、私は用心するようにと、たびたび助言していた。

 また、佐藤が殺されていたと聞いたときには、瞬間的に、アァ強盗にやられたんだなと直感していたのだ。

 ところが白石主任の話の雰囲気は、私の考えていた佐藤殺害のイメージとは全く違うのでどうにも理解できない。

 死体は、下着もつけぬ素っ裸で、手足を縛り上げられていたというし、その上、陰茎まで切り取られていたというのでは、これはどう考えても金目当ての強盗事件の被害者の姿ではない。

 男女間の嫉妬や怨恨による猟奇事件だとしか私には考えられない。当然に犯人は女性だということになる。

 白石刑事の話に相槌を打ちながら、このように考えて5年前の佐藤の女性関係を思い出そうとしているうちに、突然に5年前の福岡における佐藤の不審な行動が私の記憶に蘇ってきた。佐藤が女性とトラブルを起こしていたことである。

 佐藤から頼まれてわざわざ東京からやってきた私は、この日は佐藤と嬉野温泉の愛人宅に向かう予定だったが、佐藤は何の理由も言わずに一方的にこの予定を変更してしまった。

 そして私をあるホテルに連れて行き、6階に宿泊中の者の様子を見てきて欲しいと頼んだのだ。

 このホテルの客室内でトラブルを起こし、相手を殴ってしまったと気にしていた。

 佐藤に頼まれて私が訪れた部屋はツインの部屋で、ベッドが二つ並んでいたから、私は佐藤の相手というのは女性だったろうと直感した。

 寝室に木刀を備えているほど神経質で警戒心の強い佐藤が、他の男と相部屋に泊まるなどとはおよそ考えられないからだ。

 すでに相手は引き払った後だったから、どんな様子か分からなかったが、私は片方のベッドの枕元に血痕が付着しているのに気付いて、佐藤がこの相手に暴力を振るったのだと理解した。

 佐藤が福岡で殺害されたとなれば、このときの女性とのトラブルが関係あるのではないか?変死体の異常な状況を聞いて思い付いた事はこれである。

 仮にこの女性が直接の加害者ではなかったとしても、殺害される直前に佐藤と関係があった女性であれば、佐藤の福岡での行動や交流範囲を知っているだろうから、この事件の真相解明には大きな手がかりとなろう。どうしてもこの女性の正体を突き止めねばならない。

 それには、この724日のホテルの宿泊名簿を調べるのが一番良い方法だと考えた。

 私は白石主任に「中洲のホテル」の宿泊名簿について、裏付け調査をしてくれたかと尋ねた。

 このホテルに関しては、すでに3週間ほども前から、佐藤と私が立ち寄ったホテルだから是非とも探してくれと熱心に頼み、多分、中洲辺りの繁華街近くにあって、川の左岸に面し、東南の角地に在ったという立地条件の略図まで書いて提出していたのだ。

 略図を描いた時点では、このホテルに二人で立ち寄った目的についての正確な記憶は戻ってなかったけれども、私がこの日の朝に、佐藤と待ち合わせたアーバンホテルには佐藤の宿泊した痕跡がなかったと取調官から聞いた後は、それなら佐藤はこのホテルに泊まったのではなかろうかと考えて、熱心に調査を頼んだのだった。

 824日の調べで、佐々木検事に大宰府裏山の略図を描いたときでさえ、このホテルの調査だけは頼むと念を押して、紙の裏面にホテルの立地図を描いて詳しく説明したほどなのだ。

 私にとっては太宰府の河原を説明することなどは、単に捜査の眼を福岡へ向けるための方便でしかなく、むしろ、このホテルの宿泊者名簿で具体的に佐藤のアリバイが証明されることのほうが大切だったのだから、ホテルを割り出す調査を熱心に頼みたくもなる。

 私と佐藤とのアリバイを証明するためには、重要なホテルだったのである。

 白石主任の答えは、そんな名前もわからぬホテルの調査などまったくやってない、という素っ気のないものだった。

 またしても捜査当局は私の依頼を無視して、何十回も執拗に説明した私の主張の裏付け調査をやってくれなかった。警察というところは、真実に究明よりは犯人のでっち上げにしか努力しないのかと、改めて落胆する。

 真実をそのまま正直に話したのでは、予断に凝り固まっている当局を動かすことは出来ない。

 福岡での真実を調査させるために太宰府の河原での誇張した作り話で釣ったように、今度もこのホテルの調査をさせるには、捜査官の気を引く作り話で誘導するしか方法はない。

 しかも一気に全面解決に持ち込もうとしている今の捜査状況を見れば、この作り話も、相当にドラスティックなものでなければ、もう一度福岡まで捜査員を派遣しようとは思わないだろう。

 この瞬間に私は、このホテルで殺されていた佐藤を運び出して太宰府の河原へ捨てた、というシナリオを作り出して、こう供述することに決めた。

 これだけの話をされたからには、当局としてもまさかこのホテルの発見に手抜きをするわけにはいくまい。ホテルさえ分かれば、佐藤の福岡での行動の手がかりになる女性の正体が判明する。もしかすると直接に殺害犯人にぶち当たるかもしれないし、少なくとも真相に繋がる重要な状況が分かる。

 とにかく今の私には、真犯人に結びつく特定の人物を指摘する以外には、自分の無実を晴らす手段がないところまで追い詰められているのだから、もはや作り話をすることに躊躇している暇はない。

 太宰府の河原の話に続いて、またも自分の立場を危険に晒すようなシナリオではあったが、肉を切らせて骨を絶つ、捨て身の戦法しかとるべき方法はない、と決意した。

 7月25日の朝、佐藤に呼ばれてホテルの客室を訪ねたところが、佐藤がベッドの上で死んでいたので、この死体を段ボール箱に詰めてホテルから運び出し、太宰府の河原まで運んだ、という話をし始めた私に、取調官は眼を剥いた。

 あまりにも突拍子もない弁解の仕方だし、奇想天外な筋立てだから、初めから私の話を信用できるはずもなく、またも私のとんでもない作り話が始まったかと呆れているのだ。

 そして、私の供述を徹底的に叩き潰してしまおうとして、シナリオの矛盾点や不自然な部分を次から次へと追求してくる。

 どのようにして客室が分かったのか?ルームキーがなくて部屋へ入れたのはなぜか?硬直した死体を小さく箱詰めにする事など出来やしない、人間がすっぽり入るような段ボール箱など売ってない、重くて客室から運び出せない、ホテルの従業員に気付かれる、乗用車の座席に一人で積み込むのは不可能だ、等々。

 これらの取調官からの質問にいちいち辻褄合わせの弁解をしながら、私のシナリオは少しずつ完成してゆく。

 私の目的は、作り話だと分かっていながらもこのホテルを探さざるを得ないように当局を仕向けることなのだから、辻褄合わせも誇張しがちになった。

 夢見たいな話だが、かといって否定しきれない、と取調官に思わせればよかったのだ。

 しかしこうして一応の辻褄の合ったシナリオが出来てしまうと、刑事たちのいわゆる机上の論理だけでは、もうこれ以上は私を追及し切れない。

 話の裏付けを取って見てその結果がでるまでは、取調官としてもこのシナリオを全面的に作り話だといって決め付けられない。

 過去に私の福岡の話を虚構だと決め付けたために、大失敗をしたという苦い思いがあるからなおさらだった。

 捜査官は渋々ながらも、私の言っているホテルの存在を探すより他はないのである。

 白石主任たちの私を責める口調に迫力が失われ、明らかに私のこの新たな供述に手を焼いている様子が見えたので、私は自分の狙いがとりあえずうまくいっていると喜んだ。

 朝早くから始まったこの日の調べは、ことのほか厳しいものだったし、私自身が寝不足で体調が悪い上に、意外な事実の展開に精神的にも動揺していたから、このまま刑事のペースで調べが続いていれば、きっと彼らの言うままにどんな供述調書に対しても署名してしまうような気がしていたからだ。

 これでとにかく福岡の再捜査がなされるだろうし、その結果報告が上がってくるまでの間は、刑事の私への追及も決め手に欠けることになろう。

 私はその時間稼ぎが出来る分だけ、新しい情報収集が出来るし、佐藤殺害の真相を暴くための作戦を考えることが出来る。

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