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上申書・60 自白したのか  

     自白したのか  

 第1審判決において私を佐藤殺害の真犯人であると認定したほとんど唯一の証拠は、私の9月1日における犯行自白である。

 公判に証人として出廷した佐々木検事が、この日の調べで私が自白した内容として、次のように伝聞したことをもって、有罪判決の根拠としているのだ。

 「ホテルのフロントに電話をしてみたということでした。

 そして、佐藤さんという人が泊まっていませんかと尋ねたところ、6百何十何号室か覚えていないけれども、6階の部屋に泊まっているということだったんで、その部屋を訪ねていったということでした。

 訪ねていった時刻が午前11時30分ごろということでした。

 (部屋には佐藤が)居たということでした。

 寝巻きを着ておりまして、その寝巻きの前がはだかっていて、パンツが見えていた。寝巻きとパンツ姿だったということでした。

 被告人が入っていくと佐藤さんが、俺のバッグを返せといって掴みかかってきまして、ベッドの足元のあたりでもみ合いになったということでした。

 もみ合いになった際に、たまたま部屋の何か台の上か何かに花瓶のようなものがあるのが目に留まったので、それを手に持ちまして、その花瓶で佐藤さんの頭部を殴ったということでした。

 (殴った)回数については本人は数回といっておりましたが、感じとして2、3回という風な感じでした。

 殴ったところ佐藤さんは、そばのベッドへ仰向けに倒れたということでした。

 佐藤さんは倒れてからぐったりしていたということでした。

 怪我をしていたようだったけれども、血はほとんど出なかったというような供述だったと思います。(すぐに)佐藤さんは死んだと思ったということでした。」

 前述したごとく、9月1日の取調べに臨んで、私が犯行を自白するつもりで、このような供述をしたことは一切ない。

 私が黙秘しようとも起訴する、という前提は動かせないと佐々木検事が宣言したので、それであれば河原で殺した話よりはホテルでの話のほうが現実味があろうから、こちらの筋書きで起訴して欲しいと提案しただけである。

 取調べに対し私が応答するというよりはむしろ、雑談としての対話の中で述べたことだった。

 しかも私は完全に犯行を否認していたのだし、どうしても冤罪をでっち上げるというのなら、もっと合理的なシナリオにしたほうが良いという、皮肉を交えた話のはずだった。

 仮に、佐々木検事の言うとおり、私が本気で自白したというのであれば、検事はなぜ、このように重大な犯行自白を供述調書に取らなかったのだろうか。

 この事件では9月1日に至るまでに、すでに3度の別件逮捕が繰り返されている。私の留置場生活が1ヵ月半も続いていたが、この別件逮捕の唯一の目的は、佐藤殺害の自白を得るためであることは明白である。

 佐々木検事にしても、全取調べ時間の99パーセントを、佐藤殺害の犯行自白をせよ、という1点に絞って、私を責め立ててきたのだ。

 しかも佐々木検事は

「被告人から直接佐藤さん殺しを認める供述を得たのは、そのときが最初」だといっている。

 今までの苦労が実って、やっと自白を得られたというのであれば、これを確実な証拠の形で記録しようとするのは取調官の身についた義務であろう。

 「(その日の以上のような供述を調書に)取りませんでした。

 一番大きな理由は、本人が細部については覚えていないとか、記憶がないということですから、全体としてそれが真実であるのかどうかということを判断しかねましたので、それは供述書にはしませんでした。」 と検事は証言している。

 しかしこれが詭弁であることは、8月24日に私から太宰府の河原の略図やら、供述書を作成させたことでも明らかである。

 それとも、太宰府の河原の遺棄については、この日のホテルでの話と違って、真実性の確証があったとでも言うのだろうか。

 たとえ供述の細部に不確かな部分が会ったとしても、その部分を除いた自白の骨格だけでも調書にとるのが、取調官の義務である。

 現に、この自白なるものの概略を公判において伝聞証言しただけで、一人の人間を有罪にすることが加納なのであるから、供述が漠然としていたから調書に取らなかった、などというのは、後からこじつけた理屈である。

 佐々木検事が調書を取らなかったのは、実際にはそのような自白などなかったからである。

 「先ずそちらの、佐藤さんをどうしたのかという話をしまして、その話をずっと聴いてたわけですが、最終的に、細部について記憶がないとか、覚えてないとか言うものですから、まあ、これ以上やっても、今日はしょうがないかと思いまして、とりあえず、逮捕事実の関係で少しでも供述調書を作っておいたほうが良いと思って、そちらの供述調書を途中で作成しました」

と佐々木検事は証言している。

 こんなばかげた話がありうるだろうか。殺人容疑の犯行自白を得るための口実として、別件逮捕しているはずなのに、やっと犯行自白を得たが、この話を聴くよりも別件逮捕事実の調べを優先したというのである。

 重大事件の容疑者が、苦労の末にやっと口を割り始めたなら、すべての力をこの場に集中させて、一気に全面自白に持ち込むのが取り調べの常識ではないのか。

 こんな大事な局面で、容疑者に弁解の口実を見出させるような時間を置いて良いはずが無い。

 私に関して言えば、この日に漠然としている供述が、明日以降になれば詳しくなっていくことなど考えられない。

 9月1日の佐々木検事の取調べで、私は佐藤殺害の自白などしていない。

 検察側が、有罪証拠をでっち上げるために、身内の佐々木検事を使って偽証させた、これが真相である。

 代用監獄の密室の中で行われる取調べは、言った言わないの水掛け論になるからこそ供述調書が作成されて、自白の存在についての最小限度が担保されているのだ。

 調書もないような自白の存在を主張するなら、その立証責任は、わざわざ密室状況を作り出している検察側にあることは明白だ。

 私が犯行を自白していたとする佐々木検事の証言は虚偽である。

 原判決は、このような立証責任のある検察官の一方的な架空の証言を元にして、さらに進んで、私の自白内容を次のように歪曲して解釈している。

 「被告人が、昭和55年7月25日、福岡市内の博多城山ホテル414号室において、単独で、佐藤に対し殺意を持って鈍器(花瓶または灰皿)で同人の頭部を数回殴打して殺害し」「遺棄した、との自白は」「信用性の高いものである。」

 前記、佐々木検事の伝聞証言をそのまま真実だと受け取ったにしても、私の自白なるものの中には、城山ホテルなど登場しないし、客室も6百何十何号室だったのであり、何よりも、もみ合いになって思わず殴ったというのだから、殺意などありようはずがない。

 私が犯行を自白していたというのであれば、先ず、どのような内容の自白をしていたのか、それを正確に再現しなければ、これを事実認定の根拠となしえないのは当然であろう。

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