上申書・63 再々逮捕容疑

    再々逮捕容疑

 私の3度目の逮捕容疑は、佐藤名義の預金を解約して現金化したことと、佐藤名義で公正証書を作成したこと、の2件だった。

 確かに刑事から示された預金の払い戻し請求書の筆跡は私の文字のようだから、この行為には私が関与しているのだろうとは考えたが、本当のところは何も覚えていない。

 これらの私の行動がどんな経緯でなされたのか、5年前の出来事などすっかり忘れている私だったが、行為の意味するところが、私が佐藤を裏切ったり、私服を肥やすために不正を働いたのではないことだけは確実に断言できた。

 これが良心に恥じる行為であったなら、私の記憶に焼き付けられているに違いないからである。

 しかしながら、私はすでに刑事から5年前の変死体が佐藤だったと聞かされているから、その死体が発見された期日以降に預金を現金化したり、公正証書を作成した行為に対して、「これはすべて佐藤の了解の下に行った」と弁解することは出来ない。

 しかも3度目の逮捕時点における、佐藤の死亡と私との関係については、私自身がホテルからその死体を運び出して捨てたというものだったから、この弁解を維持し続けるためには、その後に行った財産処分などの話はすべて、私が佐藤の死亡を知っていたことを前提にして辻褄を合わせるしかなかった。

 佐藤が死亡していることを知りながら、佐藤名義の預金を現金化したり、公正証書を作成したりするのは、これはもう誰が考えても違法行為である。

 私もこう承知しているから、3度目の別件逮捕容疑については何の弁解もすることをやめ、当局の描く犯行シナリオどおりに、何もかも認めざるを得ないのだ。

 もっともこのときの私は、殺人容疑を否定することに全精力を費やしていたので、このような別件逮捕容疑などはほんの些細なことだと考え、真剣にこれらの調べに対応しようなどとは思っていなかった。

 5年前の変死体は、実際には佐藤とは別人のものであることを、今の私は確信している。

 私は佐藤が死んだとされている日の3ヵ月後から1年後にかけて、合計3回にわたって佐藤名義の預金を下ろしたとされているが、1回目を除くと、これはその都度、佐藤に指示されて私が銀行へ出向いたのであった。

 私には佐藤と銀行に同行したような記憶すら残っている。

 また、公正証書も、民事訴訟に対抗して佐藤名義の建物を守るために、佐藤の了解を得て作成したことを確実な記憶として思い出した。

 しかし取り調べ期間中の私は、今のように試行を冷静に整理する余裕がなかったし、5年前の行動の記憶を喚起する手がかりも与えられていなかった。

 肝心の佐藤の失踪時期すら思い出せぬほどなのだから、預金引き出しや公正証書作成などの些細な事項について、正確な経緯など覚えているはずも無い。

 5年前に佐藤の死体は発見されていたのだと、取調官から聞かされると、私はすっかりそのように信じ込んでしまった。

 従って、この期日以降に行われた佐藤名義の行為のすべては、本人に無断で私が勝手にやったことにならざるを得ない。

 これまでずっと、財産処分行為は佐藤の了解の下に行ってきたと、弁解してきた私だったが、この再々逮捕以降は、何もかも捜査当局の描くシナリオどおりに反抗を認めていったのである。

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