上申書・68  録音テープ

    録音テープ

 9月20日頃にかけての取調官は、城山ホテルの客室で私が佐藤を殺害した、というシナリオに沿っていかにも私が供述しているそばから書き取ったように供述調書を作り上げてきて、これに私を強引に署名させようと、脅したり、なだめたり、必死だった。

 しかし、どのように自白を強要されても、私は頑として彼らの調書を認めない。

 力づくでは署名させることが出来ないと判断したころ、刑事は急に態度を改めて、いかにも私の立場を本気で心配してくれるかのように優しく振舞って、、私を驚かせたことが何度もある。

 「お前さん得意の、仮の話ということで良いから、一度真犯人になったつもりで、城山ホテル客室で殺害する場合の想定シナリオを考えてみてくれんかね」

 白石が言うのは、私が8月29日に太宰府の河原の様子を「仮に私が犯人だったら」という想定でいろいろと供述を進めながら、刑事から変死体の状況を聞き出したときのことを指しているのだ。

 「仮に犯人の立場で考えて、客室内で佐藤を殴り殺すにはどうすれば良いかね?」

 「凶器は何を使ったと思う?」

等と私に対して質問すると、後は妙な間隔をあけて、私が答えるのを待っている。

 あとで知ったところによれば、捜査当局はこのとき、録音テープを仕掛けていたのだ。

 内緒で録音したテープを供述書代わりの証拠にしようというつもりだったのだろう。

 なるほど録音テープであれば、一旦私が口にした言葉であれば、後は不都合な部分を消して、編集次第でいかにも真犯人が自白していた如くにでっち上げることが出来る。

 「仮に」という、供述の前提の部分を消してしまえば、まるで犯行自白そのものになってしまうではないか。

 今日の取調官はどうしてこんなに丁寧な言葉遣いで私に接するのだろうか、と訝ってみたが、私はこのとき、盗聴テープが録音されていることには全く気付かなかった。

 でも私にとっては運が良かったようで、後から編集しなおしても、モノになりそうな供述は録音されなかったらしい。

 このころの私は、もはや取調官に迎合する必然性もなかったから、白石主任言うところの「仮の話」ですら拒絶してしまい、刑事の誘導尋問に対しても、供述を否定してしまった。

 取り調べ指揮官だった高橋係長は、公判で次のように証言する。

 「(被告人の取調べを録音した)テープはあったと思いますけどね、何本か・・。

 ただ、ぜんぜん録音できなかったです。被告人がしゃべらなかったですから。

 具体的にはちょっと、はっきり何回といわれても記憶はないんですが、まぁ、何とか供述が得たいというふうなことで、テープを何本か取った記憶がありますけど、結局、何にも入りませんでした」

 証拠がない事件を立件するには、証拠の王と位置づけられている被疑者の犯行自白を何が何でも得なければならない。

 そのためには、当局は先ず、別件逮捕によって容疑者の身柄を勾留する。

 後は代用監獄の密室へ連れ込んで、取り調べに秘策を尽くし、被疑者が混乱して自己を失っている隙を突いて、自白調書なるものに署名させてしまう。

 どうしてもこれが無理なら、トリックにかけて盗聴テープを取り、後はこれを巧妙に編集し直して、本人の自白があったかのように証拠をでっち上げる。

 これにも失敗すればいよいよ最後の手段で、取調官が公判廷において、伝聞証言を装って、被疑者の自白内容を偽証する。

 密室に連れ込まれて長期間調べられている被疑者には、これを逃れるすべはない。

 今の警察体制の下においては、一度官憲から狙われたが最後、誰もがすっかり証拠をでっち上げられて、処罰・抹殺されてしまう仕組みになっているのである。

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