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上申書・69  面通し

 18.本件逮捕(921日~1013日)

   面通し 

 9月21日になって、やっと本件である殺人容疑の逮捕状が執行された。

 別件逮捕を繰り返して何年でもこの警視庁の留置場に勾留しておくと取調官に脅されて、絶望的になっていたこともあったが、それも終わりだ。

 これで一連の逮捕劇の最後のゴールが定まったことになる。

 あと23日間でこの過酷な取り調べの状態から解放されるのだと思えば、すでに疲れ切った身体だったが、絶対に負けないぞという新たな闘志がみなぎってくる。

「城山ホテルでの殺しじゃ強盗殺人はないわな。

 どんなバカでもホテルの客室で計画的に人を殺して、死体を運び出そうとは考えないから、偶発的な殺人だってことになった。

 これでお前も気が楽になっただろう。

 喋りやすくなったのではないか」

 刑事は相変わらず何とかして私の自白を取ろうとする。犯行情況の舞台は私に有利になったのだから、あとは傷害致死で起訴されるようにうまく弁解を考えろと、何度も私を説得したが、私は取調官に対しては一切の妥協や迎合もせずに、どんなシナリオをもちだされてもすべて突っぱねていた。

 ある日、取調室の並んだフロアーを貫いている長い通路の端からゆっくりと歩くように命じられた。

 通路の照明はずっと落としてあり、間を置いて2人の刑事が私と同じような行動をとっていたから、比較対照の役割を果していたのだろう。

 なるほどこれがいわゆる面通しというヤツなのかと私は思う。

 そりゃあ確かに比較すべき人物を同時に示して、この中から選ぶというタテマエだけは整えているものの、捜査当局の狙いがこの3人の中の私にあるというのは一目瞭然じゃないかと、私は少々あきれた。

 逮捕された時にすでに肩に届きそうだった長髪は、その後の70日に及ぶ勾留ですっかり伸びきって、しかもこの間に手入れをしたことも、整髪料を使ったこともないのだから、寝起きの逆立った髪型がもじゃもじゃ広がって、私だけが異様な容貌をしている。

 また、留置場と取調室を往復するだけの生活だったから、パジャマ代わりの綿の薄い部屋着姿のうえ、素足にサンダルを引っかけて歩いているのだから、誰が見ても私が容疑者であることは明らかだった。

 警察は犯人をでっち上げるためには、このようにいい加減な面通しのやり方をセットして目撃者を作るのか。

 これでは、私と初対面の者でも私を指し示して、今度は今の私のイメージをしっかり脳裏に刻みつけたうえで、法廷で証言することだろう。

 一体誰を連れてきて、どんな証言をさせようというのだろうかと、私は不安だった。

 当局の描く犯行シナリオによれば、ホテルの客室という密室で犯行が行われたというのだから、目撃者は存在しないはずだった。

 そういえば盛んに白石主任が

「お前はこの日にホテルで目撃されていたのだ」

と言っていたから、当時のホテルの従業員でも目撃者だと名乗り出ているのだろうか、などといろいろ考えたが、私にはさっぱり見当がつかない。

 被験者はどうやら取調室区域への進入口脇に付属した小部屋の中で息をひそめて私を眺めているようだが、室内を暗くしているので、私には何も見えなかった。

 通路を10メーターほど歩かされた後には、小部屋に隣接した大きな取調室で待つようにと指示される。

 この部屋には洗面台があって、その正面に大きな鏡がはめこまれていたが、これがマジックミラーであることはすぐに判る。

 本来の取り調べ用の部屋であれば、被疑者の気持ちを散らすような鏡などの飾りを設置するはずがない。

 この鏡の向こう側で見知らぬ誰かが、今の私の姿を凝視しながらイメージを記憶に焼き付けているかと思うと気分は悪い。

 逮捕以来、全身像の映る鏡を見たことのなかった私には、疲れ切ってドス黒い自分の顔と荒れた全身像が、われながら情けなく見えたが、このいかにも凶悪犯でございという姿を指さして鏡の向こう側で皆が噂話をしているかと考えると、ますます惨めになった。

 面通しが終わって元の取調室に戻ってから、白石主任が言う。

「お前さんを眺めていたのが誰だったか判るだろ。

 福岡でお前さんと話した者は結構いるんだな。

 否認していても、俺たちは立件できるだけの証拠は集められる。

 みんな、お前さんだったと認めたよ」

 私にはこの目撃者なる人物の見当はつかない。

 無実の私をどうやって目撃できたというのだろう。

 やはり捜査当局は、いよいよ目撃者まででっち上げたのだと考えた。

 面通しは、この時以外にも一度行われている。

 合計二度の面通しを終えた後に初めて私に対して散髪してもよいとの許可がおりた。

 してみると、私の目撃者なる人物は、長髪を特徴とするイメージを抱いていたことになる。

 しかし、私が髪を伸ばしはじめたのは、不動産事務所を倒産させて、自由業になった以降のことだ。

 当局のシナリオによる犯行日時のころの私は、まだビジネスマンとして相手に清潔感を与えるように心掛けていたから、当然短髪だったし、福岡へ行った時の服装も短靴に背広姿だったのだ。

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