上申書・70 欺す

   取調技術⑮欺す

 7月下旬の取り調べにおいて、福岡県太宰府近辺で過去に発見された死体は佐藤とは別人であると、私に告げたことは、厳密に言えば、刑事が私を欺したというわけではないのかも知れない。

当局が持っている佐藤を特定するデータは、死亡時期からみても、また身長や髪型、血液型、歯型のどれをとっても5年前の変死体とは一致していないからである。

地元警察の捜査本部が5年間にわたって手配していたにもかかわらず、この死体を佐藤ではないと判断していたことは当然であった。

 しかしながら、田園調布で殺したという当局のシナリオが崩れ、私の福岡におけるアリバイが確実になった後から、この変死体は、やはり佐藤だったと、当局の方針が修正されたことは、私にとっては大きく欺されたことと同じである。

この修正のために、本来は客観的なデータであったはずのものをすべて修正している。

 警察というところは、自分の都合に合わせて客観データの数字までも意のままに変更するという好例である。

 勝負がついてから、改めて土俵の線を引きなおすのだから、これは捜査当局がペテンにかけたと言ってもよかろう。

 初めにこの変死体は佐藤とは別人であるという取調官からの確認をとったうえで、れを前提にして私はその後の供述を進めていった。

 私の真実の主張に耳を貸そうとしない取調官に対して、福岡のアリバイを調査させるための方便として、やむを得ずに私は作り話をしていった。

 話の前提が後になってから覆されるなどとは夢にも思わずに、私は作り話までして当局の眼を真実に向けさせようとしたのだ。

 捜査当局が私をペテンにかけるなんてことはあるまい、捜査に行き過ぎはあっても、無実の者を陥れて冤罪を作ることはあるまいなどという、誤った思い込みが私にあった。

 当局も真相を究明するという目標があり、最終的な利害は私と一致している、と単純な私は信じていたのだ。

 まさか現実の警察というのは、真実などどうでもよい、世論が納得するような形で犯人を作りだし、それなりの治安イメージを高めればそれでよい、などという捜査活動を行っているとは思いもよらなかった。

 5年前の福岡で佐藤と私が借りたレンタカーの伝票の存在についても、取調官は私を欺していた。

 福岡でのアリバイを申し立てた最初の段階から、私はこの伝票を探し出してくれるようにと何十回も懇願している。

 5年前の伝票ならば、まともな会社組織であれば必ず保存しているだろうし、私と佐藤が福岡にいたことを証明するには確実な証拠になる。

 しかし、当局はこの伝票を入手していながら、私に対しては伝票が存在しないので裏付けがとれなかったとの誤った情報を伝えている。

 この当時の当局の描く犯行シナリオは、田園調布を舞台とする殺人事件だったから、このシナリオと矛盾する私のアリバイ証拠などは隠してしまったのではなかろうか。

 もしくは、初めからアリバイの裏付け調査などはしなかったのかも知れない。

 レンタカー伝票については、一回目の福岡の現地捜査のときには発見されず、9月になってからの再捜査によって発見されたものだと捜査指揮者が公判廷において弁解しているが、このような杜撰な捜査が行われたとは、とうてい考えられない。

 わざわざ福岡まで出張捜査して、当然あるべきところにあったものを発見できずに戻るなんてことは、プロの捜査官の仕事ではあるまい。

 もし実際にこのように杜撰な捜査が行われたのだとすれば、これは私をペテンにかけたこと以上に責められるべきである。

 捜査当局が、私の福岡でのアリバイなどあるはずがないとの予断をもって見込み捜査を行っていたことを雄弁に物語るし、ひいてはこの事件全体が予断・偏見ででっち上げられたことの情況証拠にもなる。

 私は、取調官に欺されて直接証拠を捏造されたことが二度あった。

 最も悪質なのは、佐々木検事に欺されて太宰府の地図上に3か所の丸印を記したときのことだが、佐々木検事はすでに地元警察から変死体発見現場の詳しい情報を入手していながら、これを私に隠して、供述を誘導し、あたかも秘密の暴露をしていたかの如き図面を作成させた。

 そのうえ、後日になってからこれらの図面の一枚に、さかのぼった作成日を記入させたのだから、欺しの技術も確信犯的である。

 そしてもう一つは、白石主任に欺されて、河原で殺害したとする自白調書に署名したことだ。

 白石は、私の記した地図上の3つの丸印の中からそれぞれ1体ずつの計3体の変死体が発見されていて、これは同一犯による一連の殺人事件であると言って私を欺した。

 近所からほぼ同時期に発見されていたようだが、この3つの死体を一連の事件だなどとは誰も考えてはいなかったのに、白石は私に嘘を言った。

 あまりの衝撃にすっかり怯えている私に対して白石は、佐藤殺害についてだけ認めれば、残りの2死体についての取り調べは一切しない、また、連続殺人の情報もマスコミに流すことはしないと約束したのである。

 しかし実際には、私が白石の説得に応じて供述調書に署名したにもかかわらず、翌日の新聞には、私が連続殺人犯であるかのような報道がされていたし、その後の刑事は、この2体の女性死体と私との関連を追及して取り調べている。

 こうして私は、取調官のでたらめ情報にすっかりはまって、言わなくてもいい作り話をしたり、検事のトリックにかかって捏造証拠を作ってしまったり、刑事に欺されて調書に署名したりしてきた。

 取調官がその場かぎりのでまかせを言って被疑者を欺したり、計画的な罠に陥れたりすることは、どうやら代用監獄における重要な取調技術だとみえる。

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