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上申書・81 同房者をスパイに

   同房者をスパイに

 そろそろ移監が近いだろうと思い、私はズボンやトレーナーまでワンセットを洗濯に出したので、留置人は誰もが移監近しと気付いた。

 そんなある日の運動場で副島房長が深刻な顔をして話しかけてきた。

 「折さん、一応耳に入れておかなくちゃならんので聞いてくれ。

 実は9月から10月にかけて数回、佐々木検事に呼ばれて事情聴取を受けた。折さんの留置場における普段の言動を聞かれたんだ。

 俺も弱い立場にあるからしゃべっちゃったけど、分かってくれよな。

 ウソを話したつもりじゃないんだけど、検事の誘導はうまいから、もしかして折さんに不利なことを言ったかも知れない。勘弁してくれ。」

 副島氏からこの言葉を聞いて、またまた私は自分の間抜けさに呆れてしまった。

 代用監獄という相手の手の内で闘っているのだから、敵は取調官だけにあるのではなく、看守、留置人などのすべてを動員して私を自白させるための手段にしていることに気付くべきだったのだ。

 そういえば、私が保釈出獄する誰かを使って鳩を飛ばそうとした、と責められたこともあるし、右翼の志津田氏も私の件で事情聴取を受けたと言っていたっけ。

 この分では私に情報が伝わってこないだけで、すべての留置人が、私の言動を担当刑事に伝えていたかもしれないではないか。

 副島氏から言われてみれば、なるほどと思える状況はたくさんあった。

 彼の事件は私と同じ捜査4課の扱いだったから、面倒見の折に雑談として自分の担当デカから聞いた情報だといって、私の事件に関してよく助言してくれていたのだ。

 「この種の事件は、折さんが死体のありかを自白しない限り、立件できないんだそうだ。ほかには確たる証拠がないって言う話じゃないか」

 「折さんの担当のデカが、こりゃぁ大変なホシを取っちゃったといって頭を抱えているってよ」

 「仮に死体がでてきても、事件から5年も経っているんでは、ほとんど死因の解明は無理だって。だから、折さんの自供がなければ、真相解明は出来ないってことになる」

 「折さんがしゃべらなくとも、共犯者の線からばれるってこともあるぜ」

 「調書に署名さえしなければ、何を言ったって平気だ。どんどん引っ掻き回してやれ」

 「検事が傷害致死でまとめるって言ってるなら、信用しても良いのではないかな。こういう点では奴らはウソを言わないぜ」

 何の情報も入ってこない状態でいる私にとって、刑事訴訟手続きに詳しい彼から、こうして具体的な意見をもらえることは、実にありがたかった。

 しかし、彼がこれらの捜査情報を耳打ちしてくれるということは、逆に私の言動も捜査側には筒抜けになっていることは明らかだ。

 もちろん副島氏には、私を落とし入れようという下心があって、留置場の様子をスパイしていたわけではあるまい。

 捜査官のほうが一枚上手で、巧妙に副島氏を利用していたというのが実態だろう。

 彼を使って間接的に、私に捜査状況を小出しに伝えては、実はそれに対する私の反応を探っていたのだ。

 彼は4月に逮捕され、5月に起訴されて、8月からは公判も始まっていた。普通ならとっくに拘置所へ移監になっていなければならないのに、刑事に面倒を見てもらいながら、だらだらと留置場暮らしを続けていることが異常だと気付くべきだった。

 その間、まるでそれが役目であるかのように副島氏は留置場において私の世話を焼いてくれたし、私も彼を信用して、いろいろと悩み事の相談をしてきた。

 私の動静を探るつもりならば、彼以上の適任者はいないのである。

 彼の容疑は拳銃密造だったが、本人は実刑判決を覚悟していた。

 「刑事や弁護士の話を総合すると、いくら情状がよくても実際に密造拳銃が使用されているだけに、執行猶予になるのは無理らしい。

 だから、保釈ででて娑婆心がつくよりも、このまま未決にいて、通算を多く貰ったほうが良い。

 デカさんが、判決まで面倒を見てやるからここに居ろや、と言ってくれるし、結構のんびりさせてもらっているから、甘えちゃおうと思っているんだ」

 しかし、捜査当局が彼をいつまでも代用監獄にとどめておいたのは、彼のために良かれと考えたわけではなく、彼を通じて私の留置場における情報を入手するための目的もあったのだ。

 最後に佐々木検事が事情聴取に呼び出して、この情報収集の総仕上げをした。

 現に進行している自分の裁判について、少しでも検事の心証をよくして有利に運んでもらおうという被告人のすがるような気持ちにつけ込んで、佐々木検事は思うようにして副島供述を操ったに違いない。

 「裁判における求刑というのは、取調べを担当した検事が起案することになっているのだから、このまま私と対立したままで公判を迎えると、君は地獄を見ることになるよ」これは佐々木検事が私を脅すときによく語った言葉である。

 このことは逆から言えば、取調べ検事の情を良くして置けば、求刑にも手加減をしてくれるということなのだ。

 こんな条件をちらつかされたら、結審を目前に控えて、実刑に処せられる事を何より恐れる被告人なら、副島氏に限らず、誰だって検事に媚びてしまう。

 ある日の調べで、佐々木検事の一方的な決めつけに対して、私が反論したときに、検事が

「ほう、君は意外なことを知っているんだね。それも留置場にいる法律顧問の入れ智恵かね。」と皮肉ったことがあった。

 そのときにはピンと来なかったが、検事が副島氏を通じて私の言動に関する細かな情報を得ていたのだとすれば、納得がいく。

 副島氏や、熊谷常務、志津田氏などと交わした私の会話内容は、逐一捜査当局に報告されていたことになる。

 副島氏は私が拘置所へ移監されてからまもなく、本人も移監されたという。

 そして彼と再会したのは、私の公判において彼が検事側証人として出頭してきたときだった。

 直ぐ脇に控えている私の事を気にしながらも、検察官の狙い通りの証言をする様子を見て、検察とは恐ろしいことをする機関だと認識し直した。

 このときの副島氏が執行猶予判決を得て、自由の身になっていたことは言うまでも無い。 

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