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5.別件拘留中の供述を証拠にしている

四、別件逮捕勾留中になされた被告人の供述を有罪認定の証拠とした違憲違法

  1.(1)被告人に対する一審判決判示第三の犯罪事実以下の被疑事実に基づく逮捕・勾留(以下「財産犯による逮捕勾留」という)は別件逮捕・勾留であり憲法三四条に定める令状主義に違反する。

 また、別件での逮捕・勾留は、本件についての自白強要のためになされたものであって憲法三八条一項に違反するばかりか、国連被拘禁者人権原則二一(自白させ、その他自己に罪を帰し又は他人に不利な証言をさせることを強制するため、拘禁された者………の状態を不当に利用することは禁止される)、同原則三六2(犯罪の嫌疑を受けて拘禁又は訴追されている者の逮捕、公判終了までの拘禁は、法の定めた根拠、条件及び手続の下に、司法の執行の必要性のためにのみ行なわれる。

 上記の者に対する制限の強制は、厳格に拘禁の目的か、捜査過程への妨害の阻止か、司法の執行のために必要であるか、もしくは収容施設の安全と秩序を維持するため必要がある場合以外禁止される)に違反する。

 しかるに、原審は、憲法三四条、三八条一項、及び国連人権原則に違反して採取された証拠を排除すべきであるのに、被告人の別件逮捕・勾留中の「自白」を内容とする一審佐々木証人、同白石証人及び同高橋証人の証言並びに別件逮捕、勾留中に被告人によって作成された一審乙四〇~四七号証の図面を証拠として採用し、被告人に有罪を認定している。

 よって、原審は違憲のそしりをまぬがれず、破棄されるべきである。


   (2)ところが、原審は財産犯による逮捕・勾留を別件逮捕・勾留でないと認定している。

 すなわち、

「別件の犯罪事実の内容は、被告人が、佐藤松雄の所在不明に乗じて同人名義の委任状等を偽造し、その財産を恣に処分し、或いは不正に同人に関する虚偽の住民登録や印鑑登録等をしたというものであって、これらの所為が佐藤から授権されてしたものであるかどうかを確定しないと犯罪の成否を判断できず、被告人が果して佐藤から授権されていたかどうかが別件の捜査のうえで重要なポイントとなっていたことが認められるから、授権行為があったとすればその時期や場所等を具体的、客観的に明らかにするため、捜査官がまず持って佐藤の所在を確認することに捜査の焦点を置くのは当然であって、捜査官が被告人に佐藤の所在について質すとは、所論のいう別件の捜査に名をかりて、本件に関する捜査をしたものでなく、事実に関する捜査の一環であるというべきであるから、捜査手続きに所論のいう違法はない。」

 要するに、原審は、

  ①別件である財産犯についても逮捕・勾留の必要性がある

  ②「逮捕・勾留中の取調べ」は「被害者佐藤の所在」に関する取調べであり、右事実は財産犯の成否にとっても重要な事実であることを理由として別件逮捕・勾留でないとしているものであろう。

 しかし、右認定は、取調べ内容を全く把握していないし、財産犯に関する逮捕・勾留が、何のために、そして如何に運用されたか、全く関心を払わない無責任な認定としかいいようがないのである。


   (三)反論の要点


    (1)原審は、三回にわけてなされた財産犯についての逮捕勾留につき、いずれもその必要性があるとしているが、別表1を一覧すれば明らかなとおり、第一回起訴(一審判決判示第八、第九の犯罪事実)の昭和六〇年八月六日には全ての財産犯の成立につき有力と捜査側が認識しているほとんどの証拠が採取されているのである。

 したがって、財産犯については、同時処理可能であったのに、殊更三回にわけて逮捕勾留を繰り返しているのは、刑訴法の定める逮捕勾留の時間制限を潜脱するものであって、明らかに、殺人の取調のための時間稼ぎである。

 実際の取調べ内容、捜査側の手持ち証拠については後に詳細に検討するが、いずれにしても、殺人の捜査の目的で財産犯について逮捕・勾留を行なったこと自体が令状に明示された犯罪事実以外の事実に基づいて逮捕勾留された違憲違法なものであるばかりか、同時処理可能な財産犯について逮捕・勾留を殊更三回にわけたことは同一の犯罪事実について繰り返し逮捕勾留をしたに等しく、令状主義(憲法三四条)の要請する一罪一勾留の原則に違反する。

 別件逮捕勾留中の身柄拘束期間を利用して、それもやむを得ない事由もないのにいたずらに勾留延長を繰り返して一勾留につき最長の時間を確保して、被告人に対し、本件である佐藤殺害の容疑について取調を行うことは、まさしく佐藤殺害についての自白の強制であり、これが憲法三八条一項の黙秘権の保障に違反し、前記国連人権原則に違反していることは明らかである。


    (2)しかるに、原審は、佐藤の所在は財産犯の成否にとっても重要な事実であるから、被疑者に対する取調べは別件逮捕・勾留ではないと強弁している。

 しかし、何故、「佐藤の所在」が財産犯にとって重要なのであろうか。

 財産犯の成立にとって重要なのは原審も指摘しているとおり「佐藤から被告人が授権された事実」である。

 授権の事実は第一回逮捕前の昭和六〇年一月二一日にすでに捜査側の手持ち証拠となった委任状(一審検甲七、三一乃至三四号証)等で認定すべきであり、被告人の供述を求めるとしても「どこで、どのような態様で、いかなる財産処分につき」授権されたかについてであるはずである。

 ところが、捜査官は専ら殺人との関係で「被害者の死体の存在場所」を取調べたにすぎず、何を根拠に、本件取調べの中心が財産犯の重要要件である「佐藤の所在」にあったと原審が認定したのか理解に苦しむ。

 そもそも、実際の取調べの中心は、佐藤の殺害方法についてであり佐藤の遺棄方法についてであったことは明白である。

 一審判決ですら、昭和六○年八月半ば頃の取調べは

      「被告人の取調べに当った検察官及び警察官は、被告人が本件犯行当日ころ福岡にいたとは全く考えておらず、逮捕後まもなくのころから被告人は一貫して、そのころ佐藤と一緒に九州に行っていたと供述していたにもかかわらず、むしろ東京都内における佐藤殺害を想定し、被告人に九州の話は二度としないよう誓約書を書かせるまでして被告人を追及していた」(四三丁裏)

 旨、判示しているのである。

 原審は、明らかにまったく取り調べ過程を検討することなく、記録を通読し、一部佐藤の所在に関する取調べがあったことから、これに飛び付き、財産犯と関係する「佐藤の所在」に関する取調べであるから別件逮捕・勾留ではないとしたにすぎない。

 勿論、項を改めて、取調べの詳細については検討するが、何を根拠に一件記録のどこを検討して「佐藤の所在」に関する取調べが中心であったというのであろうか。


  2.財産犯による逮捕勾留の不当性

 財産犯による逮捕が別件逮捕勾留であり、憲法三四条、三八条一項に反することを事実に即して、以下、詳細に検討する。


  (一)財産犯による逮捕勾留を三回に小分けする必要はあったか


   (1)捜査機関の証拠の把握状況からの検討

      被告人に対しては殺人罪による逮捕勾留に先立ち、三回にわたる財産犯による逮捕勾留が操リ返されている。

 しかし、一審段階での検察官請求証拠を捜査機関がどの段楷で獲得していたかを、財産犯関連の被疑事実ごとに示したものが別表1である。

 同別表によれば、捜査機関は被告人の逮捕以前に財産犯についてはすでに充分な内偵を済ませ、証拠を充分収集していたことが明らかである。

 特に前記三回の逮捕勾留を経て殺人罪に先駆けて起訴された七件の事実のうち、捜査機関が身柄拘束以前に獲得していた証拠の数が過半数に及ばないものは、一審判決が認定した罪となるべき事実第六及び第四(以下単に「第六事実」「第四事実」のように表記する)の二件のみに過ぎない。

 つまり、捜査機関は財産犯について罪体に直接関連する主要な証拠をほとんど身柄拘束前に穫得し、専ら身柄拘束という手段を殺人の取調べの為に利用したにすぎないのである.


   (2)更に三回に亙る逮捕勾留と被疑事実の関係を、各事実に即して詳細に検討してみよう。

      まず、第一次逮捕勾留(昭和六〇年七月一六日逮捕)の基礎となった被疑事実は第八及び第九事実である。

 しかし、この時期この二つの事実について獲得された証拠は計六点にすぎず、これらの事実に関する証拠は大半が被告の身柄拘束前に獲得されたものである。

 証拠の質的にも筆跡鑑定をも含む罪体に関する基本的事実関係についての証拠は、身柄拘束前におさえられているのであって、身柄拘束後に獲得された証拠はむしろ周辺的な、あるいは念の為の裏付け的な性格の証拠であるに過ぎず、第一次逮捕勾留がこれら第八、第九事実の捜査のために行なわれたとは評価しがたい。


    (3)第二次逮捕勾留(昭和六〇年八月七日逮捕)の基礎となった被疑事実は第三、第六及び第七事実である。

 しかし、第三事実に関しても、筆跡鑑定結果(一審検甲第一二号証)と司法書士の検面調書が右期間中に捜査側に得られただけであるが、そのうち筆跡鑑定結果についても鑑定嘱託されたのは逮捕の前の七月二三日であって、筆跡鑑定結果の獲得がこの逮捕勾留期間中の捜査とは評し得ない。

 また、検面調書は、甲第三二号証乃至三六号証の内容を説明するだけのものであって、結局、いずれにしても、逮捕勾留が第三事実の捜査の為に行なわれたものでないことは明らかである。

 また、第六事実については、検甲第四二号証乃至四八号証を勾留中に獲得してはいるが、これらはいずれも第一次逮捕勾留以前に捜査官によって既に獲得されていた検甲第三二号証乃至四一号証から確知されていた事実につき、改めて捜査報告書を作成したり関係者の供述証拠を作成したにすぎず、少なくともこれらの作業の存在を理由に被疑者の逮捕勾留中、第六事実の捜査を遂行したと評価することはできない。

 第七事実については改めて述べる必要がない程明らかに、すでに採取された証拠につき関係当事者から説明を受けただけにすぎない。


    (4)第三次逮捕勾留(昭和六〇年八月三〇日逮捕)の基礎となった被疑事実は第四及び第五事実である。

 第四事実の証拠の多くは、第二次逮捕勾留中に録取された供述証拠であり、わずかに詐欺罪の領得財産の使途及びすでに獲得していた一審甲第八〇乃至第八二号証を整理したものを逮捕勾留中に得たにすぎない。

 このような第二次逮捕勾留と第三次逮捕勾留の連続性こそが財産犯による数次の身柄拘束の一体性・同時処理可能性を示しているのである。

 また、第五事実の基本的事実関係についての証拠の多<は、身柄拘束前に既に獲得されており、関係人の供述調書もほとんどが第一次逮捕勾留中に採取されている。


    (5)以上述べてきたとおり、採取された証拠及びこの時期を分析すれば、いずれも当該逮捕勾留期間以前に収集された証拠が大半であるばかりか、当該捜査期間中に採取された証拠にしても、別件逮捕勾留自体に捜査の必要があるかのように見せかけるため、殊更、採取の時期を遅らせ、念のための「アリバイ的」な証拠を作成し、あえてゆっくりと捜査を進めた結果、当該期間中に作成されたものであって、いずれの逮捕勾留も財産犯についての捜査を目的としたものでないことは明らかである。


   (二)三回に別けて逮捕勾留した捜査機関の真のねらいは、別件逮捕勾留による身柄拘束期間を利用した佐藤殺害の自白強要のためにあったのである。

 そのために、殊更に財産犯容疑を小分けにして身柄拘束期間を遅延してきたのである。

 すなわち、被疑事実ごとの証拠の獲得時期をより細かく区分して示した別表3によれば、被告人の身柄拘束以降の捜査機関の証拠収集活動が、その時期の逮捕勾留の理由となった事実とほとんど無閑係になされていることは明らかである。

 財産犯に関する三回の逮捕勾留期間のいずれにおいても、捜査機関の活動はその時期の逮捕勾留の理由となった事実に集中してはおらず、むしろ捜査機関が本件と目していた殺人罪関連の証拠収集に力点がおかれていたのである。

 その傾向はとりわけ第一次逮捕勾留期間及び第三次逮捕勾留期間に顕著であり、その二期間には逮捕勾留の理由となった事実についての証拠はごくわずかしか収集されておらず、捜査機関の証拠収集の焦点が殺人罪にあったことは明白である。

 もとより、被疑事実が多数ある場合に逮捕勾留が複数回になることはあり得ることであり、弁護人としても、いかなる場合にも必ず一回の逮捕勾留ですべての被疑事実について処理しなければならないとまで主張するつもりはない。

 しかし、複数回の逮捕勾留の繰り返しが許容されるのは、ある被疑事実による逮捕勾留期間中の捜査機関の活動の結果、それまで捜査機関が確知していなかった新たな被疑事実が発覚し、その被疑事実について逮捕勾留の必要性が生じたという場合に限られるのであって、捜査機関

がすでに確知し、主要な証拠をほとんど獲得していて、なおかつ被疑事実が相互に開運していて捜査も開連性を有している場合についてまで、改めて、複数回の逮捕勾留を繰り返すことは許されず、このような場合には捜査機関、とりわけ検察官には一回的に同時処理する義務があることは、刑事訴訟法の精神自体からしても至極当然のことである。

 しかし、被告人に対する捜査においては、逮捕勾留の理由となった被疑事実についてはその時期にほとんど捜査がなされず、捜査機関の精力は殺人罪の捜査のために振り向けちれ、財産犯が一回的処理の原則によって処理されなかったことはもとより、三次に分けられた財産犯による逮捕勾留が殺人罪の捜査にフルに活用されたことは、一見明白である。


  (三)捜査官の意図

 前記のとおり、財産犯の大半の証拠が、被告人の身柄拘束前に穫得されていたこと、及び現に捜査機関は第一次逮捕時に殺人罪についての証拠収集のかたわら、第三ないし第七事実についてもかなりの証拠を把握していたことからすれば、第三ないし第七事実についても第八及び第九事実と同時に逮捕勾留し同時に起訴することは可能であったはずである。

 要するに、第二次及び第三次逮捕勾留は不要であったと言わざるをえない。

 そして、あえてこのような逮捕勾留を繰り返した目的が殺人罪の捜査の時間の確保にあることは、後に検討する被告人に対する取調べの具体的内容を待つまでもなく、別表3により既に明らかである。

 また、繰り返された逮捕勾留の違法性については、八月三〇日以降の第三次逮捕勾留の違法性がもっとも高いことは、それがまさに三回目の繰り返しであるということのみならず、当該期間中に獲得された証拠と逮捕勾留の理由となった被疑事実との関連の薄さからも明らかと言うべきであるが、先に見たとおり第一次逮捕勾留の時点で既に計七件の財産犯被疑事実の同時処理が放棄されていることに徴するならば、第一次逮捕勾留以来のすべての身柄拘束が令状主義を潜脱する違法なものと評価されるべきなのである。


  (四)原判決批判

 原判決は、佐藤の所在を問い質すことが財産犯の捜査にほかならないとして、弁護人の別件逮捕勾留の主張を排斥した。

 実際の取調べが「佐藤の所在を問い質す」というような質のものでないことは後に示すとおりであ

るが、このような立場に立てば財産犯の被疑事実による逮捕勾留期間中にも殺人罪関連の捜査をすることが何ら問題ないということになりかねないので一言するに、原判決の論理によれば、「まずもって佐藤の所在を確認」しなければ財産犯の成否は判断できないことになるはずである。

 しかし、原判決も、「被告人が佐藤の所在を問い正されたのは第一次逮捕勾留の期間のみ」などという認定はしないであろう。

 第一次逮捕勾留中になされた追及はその後も激しくなりこそすれ止むことはなかったのである。

 この事態は原判決によれば佐藤の所在が「問い質され続けた」ということになるのであろう。

 しかし、「佐藤の所在」が不明でも現に、三次に亙る財産犯の起訴が可能であったのである。

 つまり「佐藤の所在の確認が財産犯捜査のポイント」という原判決の論理は「佐藤の所在」を確知しなくても現に財産犯につき起訴しているという一事をもってしても破綻しているというべきなのである。


  (五)被告人に対する取調べの内容

 前項では被告人以外の証拠方法についての証拠収集状況について検討したが、本項では被告人に対する取調べがどのようなものであったかを検討する。


   (1)被告人に対する取調べの実態

    被告人は、昭和六〇年七月一六日に逮捕されて以降、財産犯による三回の逮捕勾留を経た後、同年一〇月一三日に殺人罪で起訴されたが、その間の留置場所は一貫して警視庁本部留置場であり、東京拘置所に移監されたのは同年一一月二八日であった。

 この問約四か月半である。

 そして、この間の取調べの実態を克明に描写した被告人の平成二年六月四日付上申書によれば、被告人に対する取調べは身柄拘束の当初の段階からほとんど佐藤殺害及び死体の所在と処理方法についての追及に終始し、財産犯関係の取調べはほんの添え物であったことが明らかであり、このことは取調べ担当警察官であった加藤栄三作成の取調べ日誌(原審検三五号証)によっても裏付けられている。

 特に、第二次逮捕勾留期間中の八月二二日以降は、捜査官が九州関係の捜査に本腰を入れ初め、佐藤の殺害場所と殺害方法についての厳しい取調べが続けられた。

 この時期、警察官の取調べのみならず検察官の取調べも佐藤の殺害状況に関するものに終始していたことは、一審の佐々木善三証言(一審記録四二〇丁ないし四二四丁)からも明らかである。

 この時期以降のみの被告人の「自白」の流れをたどつても、

 「太宰府」の小川で転倒した佐藤を放置」(八月二二日)、

 「河原で殺害」(八月一九日)、

 「ホテルで死んでいたのを捨てた」(前同日)、

 「ホテルで花びんのようなもので殺害」(九月一日)、

 「河原で殺害」(九月二日以降)、

 「ホテルで直径約二〇センチの灰皿で殺害」(九月一二日)

と目まぐるしい変転を遂げており、一・二審判決が有罪の基礎とした自白及び不利益供述も八月二三日乃至九月一二日に集中しているのである。

 このことは財産犯を被疑事実とする第二次及び第三次逮捕勾留期間に、殺人罪についていかに苛烈な取調べがなされていたかを示す証左である。

 特に凶器の種類についての取調べなどはまさに殺人罪本体の取調べの他のなにものでもない。

 また、加藤刑事の取調日誌(原審検三五)の八月二六日の記載には「佐藤殺しにつき追及」とあり、加藤刑事の報告書(原審検三四)によっても、七月二四日には

 「折山本当のことを言え。本当のことを言って事件を解決しろ」

7月25日には

 「折山は殺し屋じゃない。何か原因があったんだろう」、

7月26日には

 「そこで佐藤をやったんだろう」、

7月28日には

 「死体は九州にあるのか。折山がやったんだね」、

8月14日には

 「そんなことじゃ話にならない」、

9月6日には

 「本当のことを言って解決しろ」「やっていないとはどういうことだ」

等の各記載があることから、この間、佐藤殺害について取調べをしていたことは明白である。

 また、検察官取調べの眼目は佐々木証人自身の証言によっても「佐藤がどこでどのような死に方をしたか」でしかなく(これ自身実際には被告人に対し「佐藤をどこでどのように殺したのか」の追及がなされたことを窺わせるものである)、九州での足取りの追及は決して財産犯との関運において、例えば佐藤から被告人への授権が九州でなされたものかどうかを解明するために行なわれたものではなく、ひたすら殺人罪の捜査としてなされたものである。

 一審判決も昭和60年8月半ばの取調べの実態について、

   「被告人の取調べに当った検察官及び警察官は被告人が本件犯行当日ころ福岡にいたとは全く考えておらず、逮捕後まもなくのころから被告人は一貫して、そのころ佐藤と一緒に九州に行っていたと供述していたにもかかわらず、むしろ東京都内における佐藤殺害を想定し、被告人の九州の話しは二度としないよう誓約書を書かせるまでして被告人を追及していたが」

と判示していることは前述したとおりである。

 このような取調べを原判決のように「財産犯にとって必要な佐藤の所在についての取調べ」であるなどと言いなすことは到底不可能である。


  (2)期間毎の検討

   ① 第三次逮捕勾留

 以上のことから、特に8月30日以降の第三次逮捕勾留が、殺人罪について被告人を取調べる目的でなされた違法な別件逮捕勾留であることは明白と言うべきである。

 とりわけ8月29日の取調については、その前に財産犯についての第二次起訴がなされ、第二次逮捕勾留令状による身柄拘束の期間・効力が失われ、その結果、起訴後の勾留を利用して、別表4取調べ経過一覧表にあるとおり14時間40分にわたり(この取調べ時間は、被告人の受けた取調べの中で二番日に長時間にわたるものであった)殺人罪についての取調べを受け、太宰府山中での殺害を認める調書(一審乙第49号証)が作成されたのである。

 第二次起訴により同令状の効力は失効し、被告人を代用監獄たる警視庁留置場で身柄拘束する権限も何もないにもかかわらず、取調べを行なっているのである。

 しかも、超訴後は刑事被疑者も刑事被告人の地位を得、裁判上の対等の当事者となるのであるから任意捜査としての取調べもなされるべきではない。

 ところが、捜査官は被告人の身柄拘束関係が現在どのようになっているのかを全く意に介することなく、ひたすら殺人罪の自白を穫得するために被告人を取調べていたのであって、捜査官の令状主義潜脱の意図は明白と言わなければならない。

 したがって、その後の第三次逮捕勾留が違法な別件逮捕勾留であり、右期間内に被告人を証拠方法として穫得された証拠は8月29日の調書とあいまって違法収集証拠として排除されるべき

ことは明らかである。


   ② 第二次逮捕勾留

 しかも、違法な別件逮捕勾留は右の範囲に留まらない。

 警察官は第一次逮捕勾留の最終日すなわち第一次起訴日である8月6日に、被告人に対するポリグラフ検査についての鑑定嘱託をしている(原審検察官第27号証、弁護人第45号証)。

 そしてこれに対する鑑定書(原審検察官第28号証、弁護人第46号証)に添付されている質問表の質問内容は、

 「佐藤さんは誰かに殺されて死亡しましたか。」

などの佐藤の死亡原因についての質問五問、

 「佐藤さんは外のどこかで死亡しましたか。」

などの佐藤の死亡場所に関する質問五問、

 「佐藤さんはあとで、山林か原っぱに捨てられていますか。」

などの佐藤の死体遺棄場所に何する質問五問、

 「佐藤さんの身体は、遠く離れた地方にありますか。」

などの佐藤の(死体の)現在の所在に関する質問四問、

 「犯人は佐藤さんを何かにくるんで処分していますか。」

などの佐藤の死体の処分方法に関する質問七問、

 「犯人は佐藤さんを固い物で殴りつけていますか。」

などの佐藤の殺害方法に関する質問六問、

 「佐藤さんを始末したのは一人ですか。」

などの佐藤殺害への関与者の人数に関する質問四問及び対照質問一〇問からなっている。

 これが殺人の嫌疑との関係でなされたポリグラフ検査であることは明らかであり、「財産犯捜査のポイントである佐藤の所在の捜査を遂げるためになされた」などという評価は到底不可能である。

 そして、右質問表に基づく被告人の検査がなされたのが第二次逮捕勾留期間中の8月16日だと言うのであり(前掲鑑定書四1)、殺人罪についてこのようなポリグラフ検査までなされる一方で、取調べ担当者の被告人に対する取調べが財産犯に関するものに終始していたとは到底考えられない以上、第二次逮捕勾留期間の被告人に対する取調べも専ら殺人罪に関するものであったと考えるほかないのである。


   ③ 第一次逮捕勾留

 さらに鑑定書四5によれば、この前記ポリグラフ質問表は「捜査員からの詳細な説明」に基づいて作成されたとのことであるから、この質問表が鑑定嘱託当時の捜査員の認識及び鑑定嘱託までの捜査結果の反映であることは明らかであり、このことは、第一次逮捕勾留の段階ですでに被告人に対し殺人罪についてのかなりの追及がなされ、捜査官側には殺害の方法、場所、死体の遺棄方法についての一定の意図があったことを示すものである。

 つまり、第一次逮捕勾留もまた殺人罪についての取調べが主眼目だったと言うことになる。


  (2) 被告人の取調べに対する原判決の評価と批判

 再三指摘するとおり、原判決は、佐藤の所在を問い質すことが財産犯の捜査にほかならないとして弁護人の別件逮捕勾留の主張を排斥した。

 しかし、被告人に対する追及は、前述したとおり、また別表4 取調べ経過一覧表にも掲記したとおり、

 「佐藤をどこでどうやって殺し、死体は今どこにあるのか。」についてのものであり、とても原判決の言うような「財産犯との関連における佐藤の所在」といった類のものではない。

 そもそも「佐藤の所在」にしたところで財産犯にとって重要な事象でないことは既に述べたとおりであるが、現実の被告人に対する取調べ、「佐藤をどこで殺したのか。」「佐藤をどのような凶器で殺したのか。」といった取調べが、財産犯捜査にとってどのような必要があるというのであろうか。

 殺人罪プロパーについてのものであることは幾多の証拠が指し示すところであり、原判決の認定は証拠を無視した不当なものと言うほかない。


  (3) 本件捜査の目的

 被告人の身柄拘束以降一日の休みもなく、毎日長時間にわたってなされた取調べが、当初の段階から殺人罪についてのものに終始し、本件の身柄拘束は当初の段階から早退として殺人罪についての被告人の取調べを目的としてなされた違法な別件逮捕勾留であることは前述したとおり疑いない。

 そして、捜査機関が当初から殺人罪についての追及を目的として被告人の身柄を拘束したことは、被告人逮捕についてのマスコミ報道からも窺える。

 被告人については逮捕当初以降膨大な量のマスコミ報道がなされており、その主要なものを別表4取調べ経過一覧表に掲記したが、ここからも明らかなとおり、被告人は財産犯で逮捕された当初の段階から、単なる財産犯の被疑者としてではなく、佐藤の失踪に関連がある者、端的に言えば佐藤の殺害に関与した者(さらにいえば佐藤を殺して財産を奪った者)というイメージのもとに報道されている。

 このような「サツタネ」が警察発表のみに依拠してなされることは公知の事実であり、そうである以上、これらの記事も警察のリークした内容に添ったものと言うほかない。

 つまり、警察は身柄拘束当初の段階から被告人に対する嫌疑の本命が殺人罪であることを報道機関に対し告げていたわけである。

 要するに、被告人に対する身柄拘束は、殺人罪についての取調べを目的としながら財産犯を被疑事実としてなされた典型的な別件逮捕勾留に他ならないのである。

 しかも、前記のとおり、本事案では、一回で処理可能な財産犯による逮捕勾留を三回に小分けし、右の違法な別件逮捕勾留を三回も繰り返しているのであり、その違法性は一層著しいと言わなければならない。

 以上のことから、第一次ないし第三次の逮捕勾留期間(7月16日から9月10日)の被告人取調べは、いずれも別件逮捕勾留として違法であることは当然である。

 また、第三次起訴後の勾留(9月11日から9月20日)の期間に於いては、殺人罪について長時間の取調べが連日なされていたのであり(別表1取調べ経過一覧表参照)、この期間の取調べは第三次までの逮捕勾留期間以上の違法性を持ちこそすれ、許容されることはありえない。

 きらに、第一次ないし第三次逮捕勾留が実質的に殺人罪についての逮捕勾留である以上、第四次逮捕勾留(9月21日から10月13日)は同一被疑事実による逮捕勾留の蒸し返しと言うことになり、これも違法である。

 結局、本事案における被告人の身柄拘束は、全期間を通じて違法なのである。


  3. 排除されるべき証拠

 以上、捜査機関が収集した証拠の側面及び被告人に対する取調べ内容の両側面に亙って、詳細に検討を試みたが、第一次逮捕勾留後の全ての逮捕勾留が別件逮捕勾留であったことは明らかであり、右別件逮捕勾留中に採取された図面は被告人の過去の知覚を記憶に基づいて再現したものであり供述証拠として排除されるべきは当然である。

 また、被告人の「自白」を内容とする佐々木証人の証言も排除されなければならない。

 佐々木証人の証言が排除されて初めて被告人の「自白」を排除する別件逮捕・勾留に対する司法的抑制が可能となるのである。

 しかも、そもそも佐々木証人の証言は対立当事者の証言である点で信用性に疑問があるうえ、別件逮捕勾留を隠蔽しようとするあまり、被告人に対する供述内容をゆがめるおそれすらある点で被告人の自白より悪質危険といわなければならない。

 よって、いずれにしても、佐々木証人の証言のうち、「被告人の自白」及びその関連部分は排除しなければならない。

 ところが、原審は、逮捕勾留中に採取された証拠を排除せず、これを証拠として被告人に対し、有を認定している

 原審を破棄しないで、司法の清廉性は全く維持できないのである

 すなわち、原審は、逮捕勾留中に採取された被告人作成にかかる図面及び被告人の「自白」を内容とする佐々木証人の証言を証拠として採取し右証拠に基づき有罪を認定した点で34条、38項に違反し、破棄を免れない

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