10.自白の不自然さ、不合理さ

  五、自白内容が不自然・不合理であること


 自白の内容に不自然・不合理な点があることも自白の信用性を否定する上で、重要な判例上のメルクマールになっている。

 原判決は、被告人の自白の内容は概略次の通りであるとする。

   「昭和55年7月25日の朝、被告人は、羽田から飛行機で福岡に向かい、福岡空港から博多駅に行き、駅前でレンタカーを借り佐藤と約束していた三井アーバンホテルに行ったが、そこには佐藤が泊まっていなかったので、佐藤に言われていたもう一つの中洲のホテルに電話したところ、6階の何号室かに居るということだった。

 そのホテルの教えられた部屋に入っていくと、

①佐藤は寝間着をはだけパンツが見えるような格好で出てきて

②いきなり、俺のバッグを返せとつかみかかってきたので、

③ベッドの足もとの辺で揉み合いになり、たまたま部屋の台の上にあった花瓶様の物が目に止まっ

たので、それで頭部を数回殴りつけたら、ベッドの上に仰向けに倒れた。怪我はしていたが

④血はほとんど出なかった。

 死んだと思い、

⑤外に出て

⑥近くの雑貨屋で段ボール箱、ガムテープ、ビニール紐、登山ナイフを買ってきて、

⑦佐藤の死体を、立てた膝を両腕で抱えるような姿勢に出来るだけ小さく縛り、その際、頭の辺りというか、鼻の辺りから血が滴り落ちたのでシーツで頭部をぐるぐる巻きにし、死体を段ボール箱に押し入れ、ガムテープで梱包した。余った段ボール箱を下に敷き、その上に梱包した段ボール箱を置き、橇のように使って

⑨箱を玄関まで運び、レンタカーに積み

⑩太宰府の杉林の中に転がり落とし、箱から死体を出して、縛っていた紐をライターで焼き切った。その後登山ナイフで

⑪佐藤の陰茎を切ったが、これは頭が混乱していて何がなんだか分からないでそのようなことをしてしまった。

⑫死体の梱包に使用したダンボールとか、佐藤の所持品等は、車で福岡に帰る途中少しづつ道端に捨てた。」(16丁裏~17丁裏)


 ところで、右の認定は、一審証人佐々木善三の供述に基づき昭和60年9月1日の被告人の自白の内容を認定したものであるから、自白の内容の不自然・不合理な点を見るには、佐々木善三の供述を詳細に検討する必要がある(原判決が枝葉末節として判示しなかった部分の中にこそ、

不自然さ不合理さが濃縮されているからである)。

 その詳細は、本上告趣意書末尾添付別表5の9月1日欄記載の通りである。


① 被告人が佐藤を訪ねて福岡へ行った理由

 自白の中でまず不自然なのは、被告人は何のためにわざわざ福岡まで佐藤を訪ねていったのかが触れられていないことである。

 この点に関する被告人の供述は、昭和60年9月2日になされており、その内容は

  『佐藤のバッグからセカンドバッグを抜き取って、7月24日に羽田まで佐藤を送っていったところ、その夜、田園調布の佐藤の自宅で戸締まりをしているところへ佐藤から電話がかかってきて、   

 「俺のバッグを持っていないか。明日九州に是非来てくれ」

というので、スナック「メイ」の給料の支払とか色々都合があったが、たまたま翌朝早く目が覚めたので九州へ行った』

というような内容である。

 しかしながら、この説明は②で述べる通り、一審判決によっても不自然の感を免れないとして否定されている。


②佐藤殺害の理由・動機

 被告人が佐藤の部屋に行くと佐藤がいきなり、俺のバッグを返せとつかみかかってきたとの部分は、いかにもとってつけたようで不自然であると言わざるを得ない。

 既に一審判決によっても、

  「右バッグについての佐藤の保管状況からすると、被告人があらかじめこれを盗み出して抜き取っていたのに、佐藤がこれに気づかないまま九州まで行くということは普通では考えられない事態であるばかりか、わざわざセカンドバッグを返すために九州まで赴きながら、その返還をめぐっ

て殺人に至るほどの争いになったというのも不自然の感を免れない」(一審判決95丁裏)

と、否定されているところである.


③佐藤殺害態様

 ベッドの足もと辺りで佐藤ともみ合いになり、花瓶のような物で佐藤の頭部を数回殴ったというのであるが、一審判決は凶器が花瓶のようの物であることも否定し(一審判決85丁)、攻撃態様についても

 「被告人が佐藤に対して加えた攻撃は、両者の喧嘩闘争中になされたようなものではなく、佐藤の隙を襲って加えられた一方的なものであったと強く親われる」(一審判決96丁裏)

旨判示して、これを否定した。


④損傷部から血は流れたのか

 前述した通り、死体の頭部の骨折状況からすると、頭部の損傷部から血が飛沫状に飛散するはずであるのに、血はほとんど出なかったというのも不自然極まりないし、実際に城山ホテル414号室にそのような血痕がなかったのも不自然極まりない。

 また被告人が死体を緊縛した際、頭の辺りというか、鼻の辺りから血が滴り落ちたのでシーツで頭部をぐるぐる巻きにしたというのであるが、それであればホテル客室内に滴り落ちた血痕があって然るべきであるのに、そのような血痕は発見されていない。

 ところで、原判決は、この点につき、

  「所論が、ホテルの血痕の状態が自白内容から推測される血の広がりや飛散状況と余りにも食い違うと主張する点は、後に述べるように、矢野の血痕の状況についての供述が必ずしも正確とはいい難いうえ、この点に関する被告人の自白自体も具体性に乏しいことに徴すると、矢野供述による血痕と被告人の自白から推認される血の状況とが、必ずしも符合しない点があるとしても、被告人の自白の信用性に影響を来すものではない。

 更に、所論は飛沫血痕が残されていないのは不自然であるというけれども、現場からシーツやベ ッドパッド、枕等が失くなっているから、これらの物に飛沫血痕が付着していたかも知れず、またシーツ等を被せて殴打したとすれば血が飛散しないこともあり得るのであって、いずれにしても室内に飛沫血痕がないのは不自然であるなどとばかりはいえない。」(32丁)

旨判示する。

 しかしながら、自白の信用性を検討しているときに、自白自体具体性に乏しいから、第三者の供述と食い違っていても信用性に影響を来すものではないというのは、議論のすり替えも甚だしく、

具体性に乏しいこと自体に信用性を減少させる契機が含まれていることを看過した議論であるばかりか、また自白には現れていない「シーツ等を被せて殴打した」などという行為を付け加えて、だから自白は信用できる、などというのも茶番も甚だしい。

 これは佐藤殺害に用いた凶器について、自白では「花瓶のような物」「直径20cmくらいの灰皿」 としか述べられていないのに、「外部かちの凶器の持ち込みの可能性も否定し得ない」などと自白に現れていない行為を付け加えて自白は信用できるとした一審判決と同じ手法であって、自白の信用性を検討する手法としてはおよそゆるされるものではない。

 いずれにしても、原判決は弁護人の指摘する自白の不自然不合理な内容について何ら合理的な説明を加えていない。


⑤佐藤の死体の処置

 自白の中で最も不自然なところは、佐藤殺害後の死体の処置である。

 朝のホテルの客室内でのことであるから、いつ掃除婦が部屋の清掃に来るかもしれないのに、自白では死体をそのまま何の処置もしないまま放置して、段ボール箱等を求めに行ったというのである。

 外出するのであれば、ホテルの宿泊台帳に自己の名前を記帳しているわけでもないのであるから、そのまま逃げればよいものをわざわざ段ボール箱を買って戻ってくるというのも不自然であるし、そのとき既に佐藤の死体が発見されていれば、わざわざ逮捕されに現場に戻ってくるようなものである。

 およそ真犯人の心理としては、信じられないところである。


⑥段ボール箱の購入

 犯行場所たる博多城山ホテルの所在地は、繁華街である中洲の中心街であり、付近には雑貨屋など存しないからそう簡単に段ボール箱等が見つけられようもない。

 しかも、段ボール箱は、同じ大きさの段ボール箱3枚を購入したことになっているが、1枚であればともかく、初めから段ボール箱を3枚購入したというのは不自然である。

 それも、死体が入り、なおかつ普通乗用自動車の後部座席に積み込める大きさのサイズをものの見事に入手し得たというのも不自然極まりない。

 なぜなら捜査段階及び一審での積込み検証を通して、人間が入り、かつ普通乗用自動車に積み込めるサイズは約50cm四方の五才といわれる規格のものしかなかったのである。

 それは実際に箱の中に入ってみ、乗用車に積んでみて初めて判明するものであり、その数値も計測してみて初めて判明するものなのである(人が入るとなると、普通は50cm四方の箱では人体は入らないと思うものであり、また乗用車の後部座席にはそのようなサイズの箱は入らないと思うものである)。

 したがって、段ボール箱が折りたたんだ状態であれば、それを組み立てて、実際に作業をしてみなければ分からない。

 それにもかかわらず、予め周到に計画したのでもないのに、たまたま見つけた雑貨屋で入手し得たなど不自然極まりない。

 なお、原判決は、                .

    「当審における検証の結果でも、被告人が述べているような方法で段ボール箱等の入手ができることが確かめられている」(32丁表)

旨判示するが、これは明らかに誤りである。

 即ち、平成元年5月29日の福岡市博多区所在有限会社西島船具金物店における検証では、50cm四方の段ボール箱は1個しか入手できなかったのであり、それもわざわざ奥の物入れから出してきてもらって初めて入手し得たものなのである。

 また、この段ボール箱は折り畳んだ状態であって、広げてみない限り、どの程度の大きさのものであるかも、人が入れるかどうかすらも分からないものであった。

 そのことは、同日付検証調書(三)においても、第三検証の結果の三で、

    「立会人が指示した鉄の平板を置く棚には、写真⑫に示すとおりの状況で、検証当時は底の浅い段ボール箱のみが置かれていた。

 同店で、検証当時入手し得た大きめの段ボール箱としては、写真⑱及び⑲の段ボール箱1箱であった。」

 第二立会人の指示説明等の一5で、

    「これらの空いた段ボール箱を置いてあるのは、本来は鉄の平板置場であるこの棚や奥の物入れなどです。」

 同二4で

    「空いた段ボール箱を置いてある状況は、昭和55年当時とほとんど変わりありません。」

と記載されている通りである。

  したがって、被告人が述べているような方法で段ボール箱3箱を入手することは検証の結果ではできなかったのである。

 原判決は明らかに証拠の評価を誤っているのである.


⑦死体の緊縛

  さらに、不自然であるのが死体を段ボール箱に詰め込むのに死体をビニール紐で緊縛したことである。

 しかも、緊縛する順序方法として膝の周りを縛り、両膝を下腿部を大腿部にくっつけるようにして縛り、両方の足の親指に紐をかけて首の後ろに回して縛る、という周到な方法を用いている。

 段ボール箱へ積み込むのであれば、わざわざこのような周到な緊縛などせずとも、そのまま段ボール箱に詰め込めば簡単であるし、緊縛の時間もかからずにすむ。

 これは実際に実験してみると、よく分かる。

 実際に試してみると、膝や腰は湾曲していて、弾力性があるため、縛れば縛るほど前の緊縛部が緩み、ほどけてくるため、緊縛は手間暇かかる割にはほとんど意味をなさない。

 佐藤の死体はベッドの上に仰向けに倒れていたというのであるから、無理して小さく畳まなくとも、ベッドの横に段ボール箱を持ってきて、そのまま死体を放り込めばよいのである。

 頭を低くして体を丸くしなければいけないというが、段ボール箱の中に入れれば、重さで自ずと頭は低くなる。

 自白の犯行ストーリーの中には死体緊縛が入る合理性は全くないのである。

 ましてや、緊縛する際死体の頭部から血が滴り落ちたというのであるから、緊縛するために死体を起こしたり倒したり動かすから血が流れるのであって、そのような犯行の証跡を残すようなことをするくらいであれば、緊縛する合理性はまったく無いのである。

 それにもかかわらず、死体緊縛が出てくるのは、後に自白の変遷の箇所でも再度触れるが、8月29日の死体緊縛の供述がそのまま自白に引き継がれたからにほかならない。

 8月29日の時点では、ホテルに行ったら既に佐藤は死んでいて、死体が硬くなっていたということから、右に見たような周到な死体緊縛をする合理性があったのであるが、死後硬直の余地のない自白の犯行ストーリーの中では全く無意味で不合理な供述となったのである。

 虚偽の自白の典型的な特徴である。


⑧死体の衣類を脱がせた

  太宰府の河原で発見された死体は全裸であったのだから、被告人は佐藤の衣類を脱がせているはずである。

 そして、発見された死体にはビニール紐が緊縛された状態のまま付着していたのだから、被告人は死体を緊縛する前に佐藤の衣類を脱がせたことになる。

 脱衣の説明が自白から欠落している点は前述した通りであるが、緊縛する前に衣類を脱がせる合理性は何もない。

 しかも、緊縛している際に、頭や鼻の辺りから血が滴り落ちたというのであるから、衣類を脱がせる際も同様の流血があったと考えられるのに、流血による室内の血痕付着の危険を犯してまで衣類を脱がせる合理性があったとはおよそ考えられない。


⑨ホテルロビーを通っての死体の搬出

  白昼のホテルのロビーを死体入りの段ボール箱を引っ張って搬出したというのも不自然極まりない。

 白昼のホテルのロビーは最も人目につき易いところであり、そこを死体の入った段ボール箱を台車も使わずに独りで重そうに引っ張って搬出するというのは、どう考えても奇異・異常と言わざるを得ない。

 これは一審判決ですら、「確かに白昼死体をダンボール箱に詰めてホテルから運び出すということは異常である」(一審判決93丁裏~94丁表)と認めざるを得なかったものである。


⑩死体を遺棄するのに高速道路を利用した

  博多城山ホテルから死体を太宰府の河原へ運ぶのに、高速道路を利用しているが、これは実際に城山ホテルから太宰府へ行く実験をしてみると、その不自然さは明瞭である。

 自白に現れたルートと通常のルートを地図に表したのが次ページの図である。

 ホテルから九州自動車道福岡インターチェンジまでは12.5kmもあるのであって、ホテルから真っすぐ太宰府へ向かえば、それだけの距離を走れば太宰府まで到着してしまう。

 また、太宰府インターチェンジは福岡インターチェンジの次のインターチェンジであって、距離にしてわずか12.5km、走行時間にしてわずか9分でしかない(一審甲363。記録4703丁)。

 したがって、太宰府へ向かうのであれば、高速道路を使う合理性はなく、少しでも遠くに行こうというのであれば太宰府インターチェンジで降りる合理性はない。

 そもそも高速道路に乗ってわずか9分走っただけで、犯行現場から少しでも速く離れたなどと思う者は誰もいないのであって、およそ体験供述性に欠けていると言わざるを得ない。

 また、「太宰府」といえば、九州へ初めて来た者であっても、太宰府天満宮などの観光名所があり、観光客などが多数訪れるのではないかと想像するのが当然であって、太宰府より先にひなびた場所がないとか、時間的余裕がないとかいうことでもあるのであれば格別、そのような事情は何もなかったのであるから、死体を遺棄しようとする者が太宰府で高速道路を降りるというのはおよそ不自然である。

 このように不合理で、かつ実際に体験した者であればおよそするはずのない供述がなされているのは、実際に死体を遺棄するために高速道路を利用していないからにほかならない。


⑪死体遺棄現場

 被告人は周到に計画したのでもないにもかかわらず、太宰府山中の死快適棄現場まで何も迷わずに、真っすぐに訪れたというのも不自然である(被告人の供述の中には、太宰府山中の河原に行くのに道に迷った旨の供述はどこにもない)。

 死体遺棄現場は、採石場で、ブルドーザーなどが置かれてあり、かつ九州自然遊歩道の指定地域であって、県道から死体遺棄現場に上がる入口には、「九州自然歩道宝満山・三群山コース」の看板も掲示されていて、人がよく訪れることが当然に予想され、死体を遺棄するにはふさわしい場所ではない。

 しかも、杉林が切り開かれて採石場になっている状況からすれば、死体を遺棄した杉林も何時切り開かれるか分からないと考えるのが常識ではなかろうか。

 しかるに、別に他の適切な場所を探すでもなく、そこに遺棄したのは不自然極まりない。


⑫死体遺棄方法

 被告人が死体を遺棄するとき、車をどこに停めたのかは自白に触れられていないが、8月24日に被告人が作成した現場図面(一審乙41.記録4288丁)によれば、被告人は河原ではなく、河原の道路を隔てた反対側の平坦な造成地に車を停めたとある。

 そうすると、被告人は佐藤の死体の入った段ボール箱をその造成地から河原の死体遺棄現場まで運んだことになる。

 その間、幅員4メートルの林道をわたり、石がごろごろしている採石現場を31.7メートルも運んだことになる。

 採石場は車で進入することも可能であったのに、どうしてわざわざ造成地に車を停め、採石場に車を入れなかったのであろうか、不自然と言わざるを得ない。


⑬死体の外陰部切除

 ライターでビニール紐を切った後、死体の陰茎を切ったというが、発見された死体は両膝を屈曲させ、その足首はビニール紐で8の字状に緊縛されたままであったから、陰茎切除時も同様で、ただ両膝を立てて閉脚していた状態だったと考えられる(一審判決87丁表は、佐藤の死体が発見時に膝を「く」の字型に曲げたうえ、開脚している事実を指して、「このことは、死後死体が膨満し、自然に両下肢が開くこととも一致する」旨判示している。そこからすると、一審判決も、佐藤の死体は元々は閉脚状態であったと考えていることが親われる)。

 そのような死体の状態で、陰茎のみならず、陰嚢まで深く切除することは不可能ないし極めて困難と言わざるを得ない(原審木村康第五回公判速記録47丁表)。

 また、陰茎切除の方法について、9月1日の自白では触れられていないが、昭和60年9月2日の被告人の供述では、「左手で順手に陰茎を持って、右手にナイフを陰茎のちょうど真上辺りにあてがって、くるっと回したら、すぐすぽっと切れちゃった」旨供述しているが、そもそもここには陰嚢切除は何も触れられていないばかりか、陰嚢の切除は「くるっと回したら、すぐすぽっと切れちゃった」というように簡単には行かないのである。

 これもまた極めて不合理と言わざるを得ない(原審木村康証人は次のように述べている。

 「陰嚢はなかなか切れないんです。

 メスでもって簡単に切れるように思われますけれども、そうは簡単に切れない、

 従って陰嚢をずっと引っ張りましてそれで鋏でもってじょきじょきと切らないと、陰嚢は切り裂くことが困難であると、これが一つあります。

 それから陰茎のほうは表に皮があるわけです。

 ですから切りますと皮のほうが切れます。中は切れません。

 ですから一回で切るということは出来ませんね。

 ですから一度刃を当てて引っ張りますと、皮のほうがこれは伸びてきますから、皮のほうが浅く切れる程度であって、更に二回、三回と繰り返して初めて切断することが出来るというわけですね。  

 ですから一回、ぐるっと回して、陰茎、陰嚢両方とも切れたということは、ちょっと出来ないんじゃないかなというふうに思いますね。」

原審第五回公判速記録45丁裏)。


⑭ 衣類等の遺棄

 佐藤の所持品、段ボール箱、ガムテープ、ビニール紐、ナイフ、切った陰茎は、死体遺棄現場に捨てずに車に積んて途中で捨てたというが、これは証拠を隠滅するための工作であるはずなのに、これでは証拠を人目につくように撒き散らしているようなものであって、真犯人の行動としては不自然と言わざるを得ない。

 衣類等の遺棄の供述は、昭和60年9月2日及び3日にもなされており、そこでは

「ビニール紐は車を走らせながら窓の外に順次捨て、バス通りに撒き散らして捨てた、陰茎とナイフは道端の側溝に捨てた、靴とカメラバッグは途中のバス停にちょうど忘れ物をしたような形で揃えて置いた」

というのであるが(この時点の自白は河原での殺害というストーリーになっているため、必然的に段ボール箱やガムテープ等は供述の中には出てこない)、靴とカメラバッグに至ってはいかにも発見され易いように置いたようなものであって、およそ不自然であると言わざるを得ない。

 いずれにしても、ことさら発見されにくいような工作がなされていないにもかかわらず、太宰府山中の変死体の捜査の結果では、自白を裏付けるような衣類等は発見されなかった(原審大塚保美証言調書6丁裏~7丁表では、変死体の発見された杉林の捜索においても、杉林以外の県道の捜索においても、本件の関係で手掛りになるような情報は何もなく、血のついた衣類や段ボール箱などが発見されたというような情報もなかったというのである)のであって、被告人の自白は不自

然不合理であって信用できない。

 以上見てきた通り、被告人の自白の内容は不自然不合理な箇所が極めて多く、一審判決ですら被告人が九州へ赴いた理由、佐藤殺害の動機及び殺害態様についてはこれを否定し、白昼ホテルロビーを通っての死体搬出は異常であることを認めざるを得なかった。

 一審判決が疑問とした箇所は、自白の核心部分であるのに、どうしてその核心部分を除いた他

の部分のみが信用しうるというのであろうか。

 原判決も、自白の不自然不合理な内容について、何らそれが信用できることについての首肯しうる説明をしてはいないのである。

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