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18.被告人の態度

6.自白期の被告人の態度

 (1)8月29日の自白時の被告人の態度8月29日の取調べの状況

 一・二審判決ともに同日の自白は信用できないとされているから、あえて論じるまでもないが、一審白石証言の信用性にかかわる問題であるので、以下に論じる。

 一・二者判決の認定によると、8月29日に被告人は初めて佐藤殺害を認める河原殺害初期自白をするに至ったが、尋問が佐藤の男性器切除の点に及びかけるや突如供述を翻し、佐藤殺害については否認し、中洲のホテルに行ったら既に佐藤が死亡しており、同人の死体を太宰府山中の河原に遺棄しただけだとの死体遺棄供述をするに至った、というのである。

  しかしながら、この原判決の認定は誤っている。

 前述した通り(七 3(2))、当日の取調べは捜査官において太宰府山中の変死体の状況が詳細に把握された上で開始された。当日の取調べは、午前8時20分に始まり、被告人の取調べ期間中、取調べ開始時間が最も早いことからしても、一気に被告人を自白に追い込もうとして取調べが開始されたであろうことは容易に推測される。

 しかるに、取調べは翌午前0時30分まで続けられたにもかかわらず、河原殺害初期自白と死体遺棄供述が並行したままで結論がつかず、簡単な自白調書が作成されただけであった。

 この状況をトータルに見るならば、同日は、河原殺害初期自白を押し付けたい取調官とそれだけは免れようとして死体遺棄供述までした被告人との間のせめぎあいで終始し、取調べ終了間際に取調べに疲れ果てた被告人が河原殺害初期自白の内容の警察官調書(一審乙49号証)に署名捺印したというのが正しい。

 なお、被告人のその時の心理状況がいかに異常な状況に追い詰められていたかは、原審弁護人の弁論要旨62頁以下に記した通りである。 

 白石警部補は、被告人は涙をぽろぽろ流しながら、腕をぶるぶる震わせて、下を俯いたまま、河原殺害初期自白をしたが、他にまだ何かやったことがないかと聞くと、突然立ち上がって白石のメモを両手でばたっと押さえて「これは違うんです」と言って死体遺棄供述に転じた(一審白石・記録2218丁表~2220丁表)、河原殺害初期自白の供述調書は正午頃作成した(同2244丁)、調書を作成する前の時点で河原殺害初期自白と並行して死件遺棄供述もなされていた(同2245丁表 )が、佐藤殺害という言いたくないことをしゃべるんだから、それだけは間違いないということで殺したということだけ書くつもりで調書を作成した(同2257丁表)旨証言している。 

 しかしながら、河原殺害初期自白から死体遺棄供述に転じたということは自白から否認に転じたということであり、否認に転じた者が素直に昼頃に自白調書の作成に応じたとは考えられないし、自白調書まで作成されてしまった者が特段の事情の変更もないのに、その後の取調べでも引き続き否認の供述を続けられたとも思われない。

 しかも、骨格だけの自白調書でも一旦作成されてしまえば、後は細部にわたる追及がなされるのが通常であって、その間弁護人の接見など認めないのが捜査の実情である。

 しかるに、本件では午後1時10分から同50分までの間、弁護人の接見がなされており(原審検35号証8月29日の欄)、松原弁護士も白石警部補に対する尋問の中で、同日朝に接見に行ったところ、調べ中だからということで午後に回されて接見した旨指摘している(一審白石・記録2243丁表)。

 これはその時点でもはや取調べが暗礁に乗り上げ、二進も三進も行かなくなっていたことを示していると言うべきである。 

 また、加藤刑事も、被告人が佐藤殺害を認めたかも、供述調書が作成されたかも一切覚えていない旨供述し(原審加藤第11回公判速記録31丁裏、37丁裏)、また加藤刑事と被告人との間で、「本当のことを話せ」「同じ留置場の中に福岡出身の人がいてその人が太宰府付近のことに詳しく、皆事件のことを知っていて僕に色々敢えてくれるんです」「どういうことだ」「死体の状況が違います。陰茎のことでしょう。死体の状況が違いますよ。僕じゃありません。そんなことするわけがありません。僕はホテルで死んでいた佐藤を捨てただけです」とのやり取りがなされたというのである(原書検34号証)から、およそ白石証言は信用できないと言わねばならない。 

 (2) 9月1日の自白時の被告人の態度

 同日の佐々木検事に対する自白時の状況について、同検事の同日付捜査報告書(原審検20号証)には、 

「取調べ結果

 細部については「記憶がない」「わからない」などと述べる一方、「自分が佐藤さんを殺したことにするしかない」などと言うので、更に追及しなければ真相が判明しないと判断し、供述調書を作成しなかった。

その他参考事項

 有印私文書偽造の勾留事実については供述調書を作成した。」 

旨記載されている。また、一審佐々木証人によると、同日の取調べの状況について次のように証言している。 

「検察官

被告人がホテルでの殺人を認めたときの供述態度はどうでしたか。

    まあ、このときは、かなり落ち着いたような感じが見受けられました(注)。

証人は、今述べた被告人の供述ですが、細かく追及することはしたでしょうか。

    はい。細かく追及しましたが、細部にわたりますと、被告人は記憶にない、覚えていないというような形になりまして、まあ、細部を追及すると答えないというような感じでした。

被告人はホテルでの殺人を認めることにした動機を何か話しましたか。

    ええと、それについては私が聞いたんですが、本人はっきりした答えをしませんでした。

証人は、被告人がなぜホテルでの殺人を認めることになったと思いましたか。

    それにつきまして、まあ、被告人としては、追及された結果、やはり殺したことはほんとうなので、そこは、もう認めざるを得ないという形で、ホテルで殺しましたという供述になったのではないかと思いました。

(中略)

証人は、その日の以上のような供述を調書に取りましたか。

    いや、とりませんでした。

それはどういう理由からですか。

    まあ、一番大きな理由は、本人が細部について覚えていないとか、記憶がないということですから、全体として、それが真実であるかどうかということを判断しかねましたので、それは供述調書にはしませんでした。

証人は、その日勾留がついた定期預金の解約に関する詐欺事件三件の内の一件について、被告人を取り調べて調書を作成しましたか。

    はい、作成しました。

それは、先程の殺人に閑する調べとの関係で、前後はどうなるんでしょうか。

    まず、そちらの、佐藤さんをどうしたのかという話をしまして、その話をずっと聞いてたわけですが、最終的に、細部について記憶がないとか、覚えていないというものですから、まあ、これ以上やっても、今日はしょうがないかと思いまして、とりあえず、逮捕事実の関係で少しでも供述調書を作っておいたほうがいいと思って、そちらの供述調書を途中で作成しました。(一審佐々木第7回公判・記録449丁裏~451丁表) 

(注)「かなり落ち着いたような感じ」というのは、午前中の弁解録取の時点で、佐々木検事が被告人に対し君もずっと中にばかりいて気分的にもふさいでいるだろうから、外を見たらどうだと言って外をみせたところ、被告人が涙をぽろぽろ流していた状態からかなり落ち着いたことを指していると思われる。 

「弁護人

この9月1日なんですけど、被告人が、自分が佐藤さんを殺したことにするしか仕方がないと、その、自分が殺したことに、もう、するしか仕方がないという、そういう捨鉢な発言をしたことありませんか。

    まあ、捨鉢なといいますかですね、だからそういうふうな言い方をしたこともあります。(中略)

これについては、どう理解なさいました。

    まあ、わたしも、そのホテルで殺したという話を聞いてですね、まあ、ほんとかなと、内心思いました。それで、あの、じゃ一体どういうふうにして殺したんだということで聞きましたら、その、花瓶のようなもので殴ったというようなことを言いましたので、じや、花瓶というようなものと君は言うけれども、その、実際に自分がですね、手に持って相手を殴ったものについてわからないはずはないじゃないかと、どういうふうな大きさのもので、どういうふうな重さのもので、どういうふうな形のものであったのか、それはどうなんだ、と言って聞きましたところ、まあ、被告人はその、覚えていないとか 記憶がないとか、というようなことでしたので、まあ、わたしとしてもですね、その、こういうふうな供述ではとても供述調書を作成はできないなと思いまして、その日は、作成しなかったといういきさつがあるんですけど。(一審佐々木第8回公判・記録752丁表~753丁裏) 

 このように細部についての供述はなされず、取調官自身がとても調書にはできないと感じたような供述をもってホテル殺害自白がなされた(存在した)ということ自体に疑問を感じざるを得ない。 しかも、これを情況証拠もほとんどなく、自白が最大の争点である本件において有罪認定の証拠として用いることなど、およそ事実認定のあり方として常軌を逸していると言わざるを得ない。

 (なお、この時点での被告人の逮捕勾留容疑は、佐藤名義の定期預金証書の詐取等であったにもかかわらず、捜査報告書にも佐藤殺害関係が主で、逮捕勾留容疑の詐欺については「その他参考事項」としか記載されておらず、同容旋の調書作成に関する次のくだりを見れば、詐欺など 「添え物」にしか過ぎなかったことは明白である。

 「まず、佐藤さんをどうしたのかという話をしまして、その話をずっと聞いてたわけですが、最終的に、細部について記憶がないとか、覚えていないというものですから、まあ、これ以上やっても、今日はしょうがないかと思いまして、とりあえず、逮捕事実の関係で少しでも供述調書を作っておいたほうがいいと思って、そちらの供述調書を途中で作成しました」)。 

 さらに、佐々木検事は、9月12日の取調べ状況について弁護人から質問された際に、次のように証言している。 

従前、9月1日には花瓶ないしは花瓶のようなものと言ってるわけですけれども、ここで灰皿に凶器が変わっちゃうのはどうしてなんでしょうか。

    それについては、9月2日か3日の取調べのときに、被告人が、9月1日の取調べの際に花瓶のようなものと言ったけれども、あのホテルには、部屋には花瓶のよぅなものはなかったし、検事に問い詰められればられるほど答えられなくなるんで、自分としても、自分がいやになってしまったというような話をしてたんで、花瓶の話が撤回されるということは、まあ、ある程度予想してましたけれども、じや、凶器が一体何になるのか、果たして部屋の中にあったものか、それとも外部から持ち込んだものか、これについては、私のほうは外部から持ち込んだ可能性もあると思ってましたから、すべて白紙状態で聞こうと思ってましたので、特に、これじゃないかとか、あれじゃないかと言って聞いたことはありません。(一審佐々木第8回公判・記録763丁裏) 

 ここから窺われるのは、自己の体験としてホテルにおける佐藤殺害を供述する姿勢ではなく、作り事として供述する姿勢である。 

 このような自白など、一層信用し得ない。

 また、当日、九州中洲のホテル等の裏付け捜査に赴いた岩間警部補らも、被告人がホテルで佐藤を殺害したとの自白をしたことは聞いていない(原審岩間第12回公判速記録59丁表)。

 岩間らは、まさしく犯行現場たるホテルの特定のための裏付け捜査に来ているのであるから、被告人がホテル殺害自白をしていたのであれば、それについて連絡を受けていないなどということはあり得ない。

 これも被告人がそもそも自白していないか、仮に自白していたとしても捜査官においてすら信用できないと考えていたことを示しているものにほかならない。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   (3) 9月12日の自白時の被告人の態度

 同日の取調べは、午前9時から午後11時25分までに及ぶもので、取調べ時間も13時間35分にわたった。

 その前日の取調べも、午前9時から午前0時5まで15時間5分にわたる長時間の取調べであり、この取調べ時間は被告人の受けた取調べの中でも最も長時間にわたるものであった。 

 佐々木検事作成の9月12日付捜査報告書には、「被疑者は取調べの際にしきりに『極刑を覚悟している』などと言っており、従来の態度に比べやや投げやりな態度が見られた。」と記載されている。

 また、同報告書添付の灰皿らしきものの図面や行動表は、これまで被告人が作成してきた供述書等に比べると極めて簡略なものであり、そこからしても「投げやりな態度」が窺われる。 

 また、佐々木棟事は次のように証言している。

「検察官

殺したと供述を変えるについてその理由を述べていましたか。

    その理由について、一応聞きましたけども、まあ、被告人は、その時には、かなり自暴自棄な態度といいますか、やけっぱちな態度になっておりまして、どうしてこういう話をするんだと、話、場所を変えるのかということについては、あまりはっきりしたこと言いませんでしたが、まあ、いずれにしても、わたしの方でも、いろいろ追及して、したために、まあ、そういう供述になったという面もあります。(中略)

調書を作成しましたか。

    12日にはしておりませんが14日には一応作成しました。

被告人は、その調書に署名押押しましたか。

    しませんでした。

しない理由について何か話しましたか。

    はい、言っておりました。

どんなことを言っていましたか。

    被告人は、10日前であればこの内容で喜んで署名しましたけれども、現在は事情が変わったので署名できませんと、このように申しておりました。

被告人がどうしてそういうふうに態度を変えるようになったのかという理由については、証人はどのように考えていますか。

    被告人は、9月12日の段階から、かなり自暴自棄のような態度になっておりましたが、まあ、それについて、いろいろ考えてみますと、まあ、その当時、被告人は、まあ、その直前ころですか、奥さんと離婚しておりましたし、また、その親友の高田さんという人がいるんですが、この人から民事訴訟を提起されて、その訴状が届いて、その訴状を見たところ、自分だけが被告になっていたのじゃなくて、母親までも共同被告にしてあったということで、かなりショックを受けていたようでしたので、それで自暴自棄な気持ちになって供述を変えたんではないかと、そういうふうな態度になったんではないかと思いました。(一審佐々木第7回公判・記録476丁表~479丁表) 

 これによれば、被告人は「ショックを受けて自暴自棄な気持ち」で自白をしたというのであるから、そのような自白がどうして信用できるであろうか。自白として信用するには、最も虚偽の可能性のある危険な自白ではないか。

 しかも、佐々木検事は、次のようにも証言している。 

「弁護人

それだけの報告を聞きますと、証人としては、やはり犯行場所はホテルではないか、結局、9月2日以降の話はうそで自分はだまされているんじゃないかということで、被告人を9月12日に厳しく追及して、場所はホテルだろうと、こういう調べはされてませんか。

    まあ、その河原の状況がどうもピチャピチャ水遊びをするような場所かどうかとういことについては疑問があると、それから地形から言って、やや、佐藤さんを川の中から岸のほうに引っ張り上げたという状況が、やっぱり、ちょっと、状況的にどうかという話がありましたんで、それを基にして私のほうで、君、今まで河原と言ったけれどもうそじゃないのか、君は今までうそをついてたんじゃないかというような言い方はしました。(一審佐々木第8回公判・記録763丁表) 

 佐々木検事は、弁護人の質問に対して否定はしておらず、追及的な取調べをしたことは認めている。被告人が「ショックを受けて自暴自棄」に陥っているときに追及的な取調べをするのは、もっとも虚偽自白を誘発し易いことは目に見えた道理である。 

 7.体験供述 

 被告人の自白には、実際に犯行を体験した者でなければ述べ得ないような体験供述は何も含まれていない。ホテルでの白昼の殺害という犯行ストーリーはいかにも異常であり、それであるだけになおさら、真実そのような犯行をしたのであれば、異常さを越えて迫ってくる迫真性がなければならない。                     

  ところが、9月1日の自白については、細部についての供述はなく、ホテル客室に入ったら佐藤が「俺のバッグを返せ」と言って掴み掛かってきたなど、一・二審判決ですら、いや当の取調官ですら信用しなかった供述がなされているのであって、およそ体験供述性からほど遠い内容になっている。

 また、死体を遺棄する際、少しでも遠くの方がいいということで、福岡インターチェンジから高速に乗り、太宰府インターチェンジで降りたなど、五(自白内容の不自然不合理)で述べた通り、実際に福岡インターチェンジから太宰府インターチェンジに行ったことのある者であれば述べるはずのない供述がなされている。 

 また、9月12日の取調べを踏まえて作成された9月14日付け調書(署名押印拒否・原審検23号証)にも、臨場感・迫真性・具体性・詳細性などは何もない。 

 佐藤の指示に従ってレンタカーを走らせ、佐藤が止めろというので中洲のホテルの前で車を止め、佐藤が一緒に来てくれと言うので、ついていくと、部屋に入っていきなり佐藤が「バッグを返せ」

と言って掴み掛かってきたなど、迫真性など何もない(この点は既に一審判決によっても、信用できないとされた)し、佐藤を殺害した後段ボール箱等を購入するために外出するのであれば、死体を一時客室内に放置するのであるから、不安にかられるはずであるのに、その点の心理描写や死体が発見されないための工夫についても何もなく、また佐藤を殴打したときに同人の鼻や耳から血が出ていたと言いながら、その後血痕に対する処置は何ら触れられておらず、佐藤の死体を緊縛した後に、同人の頭部の血がこぼれ落ちるのを防ぐため、佐藤の頭部付近をシーツでぐるぐる巻きにしたというのみであるなど、極めて平板な叙述にとどまっている。

 したがってまた、一・二審判決ともに体験供述の指摘はない。 

 それに対し、被告人の平成2年6月4日付上申書が伝える取調べ状況の内容の方がよほど体験供述性に富んでいる。

 取調官と被告人との言葉のやり取り、そのニュアンス、取調官と被告人との間の一進一退、被告人の心理の揺れ動きなど、嘘では書けない「写実性、迫真性、臨場感、詳細性、明確性、素朴さ、個性」にあふれている。

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